その「大変」は、比べなくていい
みなさん、こんにちは。
新川です。
SNSなどで
「教員って大変だよね」
そんな話をすると、
「それ、教員だけじゃないよね」
と返ってくることがある。
でも、
“教員だけが一番大変”なんて
誰も言っていないんですよ。
看護師さんも、
警察官も、
航空業界も、
アパレルも、
飲食も、
ITも、
大手も中小も。
それぞれの現場に、
それぞれのしんどさがある。
それは、本当に当たり前のこと。
それなのに、
「自分の仕事のここが大変なんだよね」
と、その人が“自分の世界の話”をした瞬間に、
「いや、他も大変だから」
「それ普通だよ」
と、話が広がって、打ち消されてしまう。
みなさんも、
そんな場面に出会ったことはありませんか?
共感のはずが、
いつのまにか比較になって、
理解のはずが、
いつのまにか論争になる。
これって、よく考えると
不思議だなと思うのです。
その人はただ、
自分の学校のこと、
自分の立場のこと、
自分が見ている景色を話しているだけなのに。
でも、聞いている側が
「全体の話をされている」ように感じてしまうと、
なぜか“広げて”しまう。
相談に来てくださる方の中にも、
似たことが起きています。
「私もしんどいです」
「でも、もっと大変な先生もいるし…」
「こんなことで悩む私は甘いですよね」
そうやって、
自分の苦しさの前に
“まだまだですけど”
という一言を置く。
自分で、自分の気持ちを
少し小さくしてから、話し始めるんです。
それを聞くたびに、
胸がじんわりします。
あなたはどうですか?
誰かの「大変」に対して、
無意識に“広げて”しまったこと。
あるいは、
自分の「大変」を、
小さくしてしまったこと。
きっと一度や二度じゃ、ないですよね。
でもね。
誰かの「大変」は、
他の誰かの「大変」を否定しない。
そして、
あなたの「大変」も、
誰かより軽いから語ってはいけない、
なんてことはない。
しんどさは、順位じゃない。
痛みは、競争じゃない。
それぞれが、
それぞれの現場で、
それぞれの重さを生きているだけ。
だから正直、
その世界を知らない人が
横からジャッジする必要なんてない。
そして、あなた自身が、
自分をジャッジしなくてもいい。
比べなくていい。
小さくしなくていい。
あなたが感じていることは、
あなたの現実だから。
最後に:
1〜2分だけ、問いかけです。
あなたが最近、
「でも私なんてまだまだ」と
飲み込んだ言葉はありませんか?
その言葉を、そのまま紙に書いてみてください。
そして最後に、
こう足してみてください。
「それでも、私はしんどかった」
それを認めることから、
少しだけ、心は軽くなります。
今日も本当におつかれさまです。
