教員の世界の常識、外ではどう見える?
みなさん、お疲れさまです。
新川です。
最近「外の人の目」を意識したのって、
いつですか?
今日はここ数日で、
私がちょっとハッとした出来事を共有させてください。
最近、教員経験のない方と続けて
お会いする機会がありました。
ひとりはメーカーの人事担当の方。
40代で、PTA会長や学校評議員もされている方です。
採用の話をしている中で、こんなことを言ってくれました。
「先生たちって本当によく動くし、力ありますよね」
これ、まず純粋に嬉しかったです。
みなさんも、こう言われたことありませんか?
「先生って本当によく動くよね」って。
外から見ても、
先生の行動力や責任感ってちゃんと評価されている。
毎日あれだけ回している現場の力は、やっぱりすごい。
でも、そのあとに続いた言葉で、
少し考えさせられました。
みなさん、ここから先は“先生批判”じゃなくて、
外からの見え方メモとして聞いてくださいね。
「ただ、学校の中にいるからか、
ちょっとうーんって思うところもあって…」
例えば、PTAや保護者と会う場面で、
先生側からあまり自発的に挨拶がないように感じる、
という話でした。
個人を責めるニュアンスではなく、
「先生たちって、そういう文化なんですかね?」という感じ。
偉そうと言われたわけでもないし、
失礼だと言われたわけでもない。
でも、外から見ると“閉じた世界の人たち”みたいに
映ることもあるんだな、と。
みなさんの学校だと、
保護者対応の場面ってどんな挨拶の空気ですか?
「うちもそうかも」
「いや違うな」どっちでもOKです。
もうひとつ。
別の日に、ある会社を経営している
社長さんとご飯に行ったときのこと。
そこで言われたのが、
「先生たちって、ずっと愚痴が続くこと多いですよね」
校長のこと、制度のこと、現場のしんどさ。
先に言っておくと、
私は愚痴が悪いとは思っていません。
むしろ、あれがないと回らない日もありますよね。
ただ、民間の方からすると
「会社員も愚痴は言うけど、あそこまで続くのは珍しい」と。
外の人が同席していても、
話題がほぼ愚痴で終わってしまう場がある、と。
先生たちの中では普通でも、
外から見るとちょっと異様に映ることもある。
ここは正直、耳が痛いけど、確かに…と思いました。
今日の私の気づきはここです。
先生は本当に優秀で、力がある。
でも、学校という閉じた空間の中にいると、
“当たり前”が当たり前すぎて
気づけなくなることがあるのかもしれない。
挨拶の距離感も、飲みの場の話題も、悪気はない。
たぶん無意識。
でも無意識の積み重ねが、外から見たときに
「先生たちって、こういう人たちなんだ」
というイメージになってしまう可能性がある。
これ、ちょっと怖い話に
聞こえるかもしれないけど、
力がある人ほど“見え方”で
損しやすいってことでもあるなと思いました。
だから今日は、問題提起というより、
“立ち止まる材料”として共有しました。
閉じた世界の常識は、外では非常識になることもある。
そして逆に、外の常識を少し取り入れるだけで、
先生の価値はもっと伝わりやすくなるとも思います。
あなたにとっての“当たり前”って何ですか?
挨拶?飲み会の話題?職員室の空気?…
一個だけでいいので思い浮かべてみてください。
最後に、明日からできる小さな実験をひとつだけ。
あなたがもし明日、ちょっとだけ試すなら、
どれが一番やりやすいですか?
ここからは“1分でできるやつ”だけ書きます。
- 最初の挨拶を、自分から一言増やす
- 近況を一言だけ“明るい事実”から始める
- 愚痴を言うなら、最後に「で、私はこうする」を一文添える
全部やらなくて大丈夫です。
一つだけで、場の空気って意外と変わります。
あなたは、どう感じましたか?
「外から言われてハッとした一言」か
「私が気をつけてること」を、
返信で一行だけ教えてください。私も学びたいです。
PS.
これ、先生を責めたい話では全然なくて(むしろ尊敬がベースです)。
でも“力があるからこそ”、伝わり方を整えるだけで損しなくなる、という話でした。
