「できる」と「やりたい」は別物
皆さん、こんにちは。
新川紗世です。
今度、家族で旅行に行こうと計画中。
うちはだいたい私がプラン係。
ざっと日程を組んで、
宿の候補を出して、
夫には「このエリアで行きたい所ある?」
「ここ調べてみて」みたいに部分をお願い。
ベースは毎回、私が決めます。
嫌いじゃないから、勝手にやってる感じ。
で、今回も同じ流れで検索してたら、
夫がぽろっと言ったんです。
「サヨって、旅行会社の人もできそうだよね。プラン作る仕事。」
そうなんですよ。
私、結構計画人間なので、なんでも計画たてるのが好き。
見通しをもつのが好き。
今の会社の仕事をしていても、
何か大きなプロジェクトがあると、
そこから逆算して、計画をたてるのって
やらないきゃいけないのもあるけど、普通に好き。
ただ、今回、旅行の計画について、
夫に、「それ仕事にできそうだね」って言われて、
あ、私それはやりたくないって
即答に近い感覚が来た。
友だちに旅行会社で働く子がいて、
ほんと素敵な仕事だと思う。
でも私がやるかと言われると、違う。
自分の旅行を組むのは好きだけど、
人の旅行を設計することには燃えない。
そうなのよ、
「できる」と「やりたい」は、全然別。
先生の相談でよく出てくる話です。
「私はそれになりにできることは多い。
頼まれたらやれます。
でも心が踊っているかはわからない。」
わかる。先生って器用な人が多い。
頼まれたら回せちゃう。
回せるから認められる。
認められると、その分野に乗っかる。
でも乗っかった先で、
本当に楽しいかは別問題なんですよね。
私はこう考えている。
- スキル(できる):頑張れば回せる。頼まれたら成立する。
- 得意(がんばらなくてもできる):呼吸のようにできる。
- 好き(やりたい):やってると時間が溶ける。続けたいと思う。
この三つ、重なることもあるけど、ズレることも普通。
ズレたまま走ると、評価は増えるのに、
充足感は薄くなる。
今回の「旅行プラン作り」は、
私にとって“できるけど、やりたいではない”の好例でした。
先生方も似た局面、多いと思います。
分掌、行事、委員会、学年運営。
できる人に仕事は集まる。
そのまま「自分=その役割」になっていく。
でも、心が燃える仕事は別の場所にあるのかもしれない。
認められることは大事。
でも、認められる=やりたいではない。
じゃあ、どう見分ける?今日の自分メモです。
48時間“好き仮説”ミニ実験
目的:頭で仕分ける代わりに、体感で確かめる。
やり方(合計3ステップ)
- 仮説を1つ書く(30秒)
例:「私は“授業デザイン”が“やりたい”に近い。」
- 48時間のミニ行動を予約(1分)
例:明日の放課後15分で授業導入だけ3案出す/同僚に1案見せて反応をもらう。
- 体の反応を記録(各行動の直後に○△×)
- ○:時間が溶けた/勝手に工夫が湧いた
- △:普通。疲れたけど悪くない- ×:終えてホッとした(次は避けたい)
解釈:○が2回続けば「好き寄り」。△が多いなら「得意寄り」。×が続くのは「できるけどやりたくない」。
注意:評価や結果は見ない。自分のエネルギー指標だけを見る。
結論。やれることが多い人ほど、
“やりたい”は意識して選ばないと埋もれる。
旅行の件で、自分の癖をもう一度見つけられました。
私は自分の旅は組む、
でも“人の旅の設計者”にはならない。
仕事でも同じ。
私は今燃える仕事ができている。
そこに時間を置こう、と改めて。
