「今が人生で一番若い日」51歳の教員が、残り時間と本気で向き合った話
よねさん(51歳 / 愛知県 / 小学校20年・中学校社会4年(教員歴25年)来年度に早期退職制度を使い退職予定。
愛知県で25年間、小学校・中学校の教員として働き続けてきた よねさん(51歳)。学年主任などの役職を任され、仕事への手応えも感じてきた。しかし50代を目前にして、仕事・育児・介護・趣味の登山…あらゆるものがぶつかり合い、「何のために働いているのか」が分からなくなっていった。父親の姿を見ながら、「動けるうちに動かなければ」と感じ始めた よねさんが、SSプログラムを通じて見つけたものとは。
教員を目指したきっかけ
— 新川:
25年前に戻っていただいて、教員を目指したきっかけを教えていただけますか?
— よねさん:
中・高時代が本当に充実していました。友人にも恵まれたし、勉強も部活も楽しくて。自分がやりたいと思ったことを先生がしっかり認めてくれて、やらせてもらえた。そういう経験ができる教員になりたいと思ったのが最初です。高校では歴史が好きになって、友達に受験勉強を教えるのも楽しかった。そのあたりが重なってのきっかけでした。
— 新川:
迷いなくまっすぐ教員の道へ、という感じでしたか?
— よねさん:
そうですね、あまり迷わなかったです。他にやりたいことが明確になかったというのもあって、大学も教育系に進みました。子どもが好きだったし、それが自然な選択でした。ただ当時は採用試験の倍率がすごく高くて、2年間講師をして、その後1年ほど空いた時期に海外の山に登りに行ったり、自然の家という野外活動施設で2年働いたりしてから、27歳でようやく正規採用になりました。
「中学時代、先生に「やりたい」を認めてもらえた経験が、自分も同じ場をつくりたいという思いに繋がりました」
充実の20〜40代と、役職がもたらした変化

— 新川:
25年間続けてきた中で、「この仕事をやっていてよかった」と感じる瞬間はどんな時でしたか?
— よねさん:
子どもたちが初めて何かに触れた時の目の輝きですね。分からなかったことが分かった瞬間の感動する姿。あとは、ほかの仕事ではなかなか味わえないと思うんですが、直接「ありがとう」と言ってもらえること。これは本当に教師の醍醐味だなと思います。
— 新川:
40代に差し掛かって、役職を任されるようになってからはいかがでしたか?
— よねさん:
学年主任や各種主任を任されるようになりました。チームで動くことの大切さをより強く意識するようになって、若い先生をどうリードしていくかというところにも意識が向くようになりましたね。ただ40代は結婚して子どもも生まれて、プライベートも充実していた時期で、仕事も遊び感覚みたいな感じで楽しくてしかたなかったです。部活もあったりして大変ではあったんですが。
仕事・育児・介護が重なった40代後半
— 新川:
それが変わっていったのはいつ頃からですか?
— よねさん:
50手前ぐらいからですね。子どもが3人いて、習い事の送り迎えなど家庭に使う時間が増えてきました。仕事は仕事でやりたいことができなくなってきて、フラストレーションもある。さらに49歳から親の介護も始まって……。もう本当にヘロヘロになってしまって、睡眠も取れなくなり、「何のために仕事しているのか」が自分でもわからなくなってしまいました。
— 新川:
定年延長も重なった時期でもありましたよね。
— よねさん:
そうなんです。定年まであと何年、と考えると気が重くなってしまって。体力面や、仕事に割く時間をどうしても避けられないこと、その不安が一番大きかったです。父親が79歳まで働いていたのに、仕事がなくなったらガクッと来てしまって。身近にそういう姿を見ているから余計に、自分の人生についても真剣に考えるようになりました。
「何のために働いているのか、自分でも分からなくなってしまいました。眠れない日が続いていました」

SSとの出会い
— 新川:
そこからどんな風に情報を集めていたんですか?
— よねさん:
「50歳でやらなきゃいけない17のこと」みたいな、50代シリーズの本をたくさん読んだり、YouTubeで50歳からの人生について調べたりしていました。後悔のない人生にしたいという気持ちが強くなって、方向転換が必要かなと感じていたところで、さよさんの本に出会ってSSを知りました。
— 新川:
最初はどんな印象でしたか?
— よねさん:
自分自身を変えられるのかなという不安はありました。ただ、先生って自分自身を深く掘り下げるきっかけが、人生の中でほとんどないじゃないですか。若い頃にちゃんと深掘りしていたら少し違う人生になっていたかもしれない、とも思って。50歳にして初めてやってみようと思えました。
プログラムで気づいたこと
— 新川:
4ヶ月のプログラムを通じて、一番大きかった気づきはどんなことでしたか?
— よねさん:
自分が変えられるものと、変えられないものがあるということです。変えられないことにすごく多くの時間とエネルギーを費やしていたと気づきました。あと、これまでは「みんなに認められたい」という気持ちで動いていたところがあったんですが、プログラムを通じて、外からの承認ではなく「自分がしたいからする」という内発的な動機で動くことの大切さを学びました。
— 新川:
それが実際の行動にも変化をもたらしていますか?
— よねさん:
はい、残業がすごく少なくなりました。介護で時間的制約があることも確かですが、仕事の仕方自体も変わって、今は定時から1〜2時間以内には帰れるようになっています。やめる・やめないに関わらず、働き方が変わったというのは自分でも大きな成果だと感じています。
「変えられないことに時間を使いすぎていた。気づいてからは、自分がコントロールできることだけにフォーカスするようにしました」
これからのこと

— 新川:
これからについては、どんなことを考えていますか?
— よねさん:
来年でちょうど勤続25年になるので、早期退職制度を使って教員を辞めようと考えています。次は自然に関わる仕事をしたいと思っていて、近くにそういう仕事があるというのを聞いて、声をかけたらいいよと言っていただけたので、そちらで働かせてもらえたらと思っています。趣味の登山にも、もっと時間を使えるようになりそうで。
— 新川:
寂しい気持ちもありますか?
— よねさん:
あります。でも嫌になってやめるわけじゃないので、それはいい意味での区切りだと思っています。残り1年も、先生として全力でやりたいと思っています。
悩んでいる先生へ
— 新川:
50代になって変われないかもしれないと感じている先生たちへ、メッセージをいただけますか?
— よねさん:
人生の中で今日が一番若い、ということを伝えたいです。先生という仕事はお金の面では安定していて、それはすごく大事なことです。でも時間というものは、年を取ると気力も体力もあっても、だんだんやりたいことができなくなっていく。父親を見てそれをすごくリアルに感じました。失敗することもあるかもしれないけれど、動けるうちに自分のやりたいことをやった方がいい。お金だけじゃなく、時間が本当に大事だということを、今は強く思っています。
「人生の中で、今日が一番若い日。動けるうちに、自分のやりたいことをやった方がいいと思います」
編集後記
よねさんのインタビューを通じて印象的だったのは、「楽しかった」という言葉が何度も出てきたことだ。20〜40代の教員生活は、大変でありながらも充実していた。だからこそ、50代に入って「このままでいいのか」と感じた時の揺れ幅も大きかったのだと思う。
父親の姿を見て感じた「働かなくなったらガクッと来てしまった」という言葉は、老後の自分を重ねて見ているようで、切実さがあった。「お金じゃなく、時間が大事」という気づきは、25年間を誠実に生きてきた人だからこそ出てくる言葉だろう。
趣味の登山と自然への愛着、そして「動けるうちに」という感覚。よねさんが次のステージに向けて着実に歩み出している姿が、とても頼もしく映った。
取材:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
