15年間モヤモヤし続けた教員が、52歳で「やっと自分が見えた」と言えるまで

篠崎さん(東京都・52歳・高等学校英語・保健体育26年・スポーツクラブ勤務ののち、私立高校に勤務。教員を続けながら次のキャリアに向けて準備中)

東京都の高校で英語・保健体育を26年間教えてきた 篠崎さん(52歳)。体育と英語の両免許を持つ異色の経歴を持ちながら、教員になったのは25歳から。スポーツクラブ勤務を経て声をかけられ、私立高校の教壇に立ち始めた。35歳頃からキャリアチェンジを考え始めたが、情報も少なく、年齢への不安もあり、モヤモヤしたまま何年も過ぎた。ゴルフを通じて教員以外の世界と繋がり続けながら、SSプログラムを経て52歳で「やっと自分が見えた」と話す。

中学の部活の先生との出会い——教員を目指したきっかけ

新川: 
教員を目指したきっかけを教えてもらえますか?

篠崎さん: 
小学校の頃はあまり得意なことも好きなこともなかったんですが、中学2年の頃に部活の先生に出会って。テニスがすごくうまい先生で、自分とすごく相性が良かったんです。その先生とその部活がなかったら、ちょっと学校に行く意味を見出せなくて不登校気味になっていたかもしれないというくらい、大きな出会いでした。

新川: 
その先生が人生を変えたんですね。

篠崎さん: 
教員の大会のテニスで優勝するような先生で、先生としてもプレイヤーとしても憧れていました。そこから学校生活の軸ができて、高校でも続けて、大学で教職課程を取ってという流れになりました。

新川: 
大学卒業後すぐに教員になったわけではないんですよね。

篠崎さん: 
当時は教員採用試験の倍率がとても高い時代で、一次を通っても二次でダメというのが続いていて。テニスを続けていたら、スポーツクラブから声がかかったので、一旦そちらで働きました。3年ほど経った頃に、私立高校から部活指導ができる若い人が欲しいとご縁があって、最初の1年は非常勤からという形で入らせてもらいました。それがきっかけで教職の道に入りました。

「あの先生とあの部活がなかったら、学校に行く意味を見出せていなかったかもしれない。それほど大きな出会いでした」

部活に打ち込んだ若い頃と、教育現場の変化

新川: 
教員になってからの若い頃はどんな日々でしたか?

篠崎さん: 
部活動を一番の軸にしていました。4〜5月と9〜10月は大会シーズンなので、日曜日は必然的に生徒の試合についていく。自分も若くてパワーがあったし、生徒もアドバイスすれば全力でぶつかってきてくれて。自分が中高でやってきた時に先生たちが休みなく時間を割いてくれた、そのありがたさがやっと分かった感覚もありました。

新川: 
何年か経ってから、変化を感じ始めたのはどのタイミングでしたか?

篠崎さん: 
ゆとり教育など教育環境がだんだん変わってきて、自分がやりたい指導ができなくなってきたなという感覚が出てきました。最初の頃は保護者も「どんどん厳しく指導してください」という方が多かったんですが、何年か経つと環境が変わって。自分がやってきた教育と受けてきた教育がガラッと変わってしまったという感覚が、考え始めるきっかけになりました。

「自分がやってきた教育と受けてきた教育がガラッと変わった。その時から、ちょっとやりづらいなという感覚が始まりました」

35歳からのモヤモヤ——動けなかった15年間

新川: 
キャリアチェンジを意識し始めたのはいつ頃ですか?

篠崎さん: 
最初に思い始めたのは35歳の半ば頃ですね。でも年齢がどんどん過ぎていくし、教員から他の世界に行くのは難しいんじゃないかと。情報も少なかったし、モヤモヤしたままで何年も教員を続けてきたという感じです。あの頃もっと行動しちゃってもよかったかなと、今は思います。

新川: 
その間はどんなことをされていたんですか?

篠崎さん: 
教員になったのと同じ頃にゴルフを始めて、ゴルフを通じて自分とは全く違う世界にいる人たちと繋がってきました。起業している人もたくさんいて、自分はここでどうやって進んでいくべきか相談したりもしていました。明確な転職活動はしていないですが、アンテナを張りながら学校で働いていたという感じです。校内より校外の人と意識的につきあってきていました。

新川: 
それはとても大事なことだと思います。

篠崎さん: 
教員って居場所としては狭い世界なんですよね。でも外とつながっていたことで、視野が少し広がっていたのかもしれません。

「モヤモヤしたまま何年も過ごした。あの頃もっと行動してもよかったと、今は思います」

SSとの出会い——同じ思いを持つ人がいることへの驚き

新川: 
SSプログラムを知った時の印象はどうでしたか?

篠崎さん: 
自分が思っていたのと同じような思いを抱えながら行動している人たちがいるんだと知って、すごく嬉しくて。セミナーが終わった後すぐに個別相談を申し込みました。長年悩んでいたけど、他にも同じように感じている人がいるとわかるだけで、ちょっと勇気になりましたね。

自己発見——「流れで来てしまった」ことへの気づき

新川: 
プログラムを受けて、一番印象に残っていることは何ですか?

篠崎さん: 
自分がやってきたことや興味を持てることを書き出していく中で、「あ、自分ってこういうことがやりたかったんだな」というのがはっきりしてきました。それと同時に、中高のテニスの流れでこっちの世界に来たけれど、あの時もう一度立ち止まって冷静に考えたら、こういうこともできたんだなというのがいくつも出てきて。

新川: 
流れで来てしまったという感覚ですか?

篠崎さん: 
そうなんです。進学も就職もすごく真剣に悩んで考えてきたつもりだったのに、流れでしちゃったなという感覚がありました。意外に自分のことと向き合ってこなかったんだなとも気づきました。でも今はやりたいことがこの分野に絞れてきていて、変にどうでもいいやというものがなくなった感覚があります。

「真剣に考えてきたつもりだったのに、流れでしちゃったなと気づいた。向き合ってこなかった自分を、初めて客観的に見られました」

これからのこと——方向性が見えた、だから動く

新川: 
今後についてはどんなことを考えていますか?

篠崎さん: 
今年は教員を続けながら、次のキャリアに向けて動いていくと決めています。去年も動いたし、今年も動くというのはもう頭の中で決めています。結果がどうであれ、まず動かなければ次は何も見えてこない。SSをやって、とりあえず行動するんだということが自分の中で定まりました。

新川: 
方向性が見えてから動くのと、やみくもに動くのでは全然違いますね。

篠崎さん: 
そうですね。自己理解ができているから、動いたとしてもずれることはないと思っています。自分はこっちの方向というのが見えてきたので、曲がっていかなくても進めるという感覚があります。

「動かなければ次は何も見えてこない。方向性が見えた今、あとは行動するだけです」

50代で悩んでいる先生へ

新川: 
年齢的に遅いんじゃないかと感じている先生たちへ、一言いただけますか?

篠崎さん: 
年齢は否定できないし、変えられないものを悩んでもしょうがないんですよ。とりあえず動くしかない。可能性がちょっとでもあるなら動くべきだと思います。自分もSSをやってみようと思った時に、ちょっと遅いかなと思いましたが、動かないと次は何も見えてこない。変えられないものより、変えられることに目を向けて動くことが大事だと、自分の人生から学んできました。

「年齢は変えられない。変えられないものを悩んでもしょうがないので、とりあえず動くしかないんです」

編集後記

篠崎さんのインタビューで最も印象的だったのは、35歳からモヤモヤし続けて、50代でようやく「自分が見えた」と言えるまでの長い時間だ。15年以上のモヤモヤを否定するのではなく、「あの頃もっと行動してもよかった」と静かに振り返る言葉に、誠実さを感じた。

校内の人間関係より校外のつながりを意識的に大切にしてきたというエピソードが印象に残った。ゴルフを通じて全く違う世界の人たちとつながり、アンテナを張り続けてきた。教員という閉じた世界に留まらず、外を見続けてきたからこそ、今の気づきがあったのだと思う。

「変えられないものを悩んでもしょうがない」という言葉は、52歳という年齢を自分の武器にしてきた人にしか言えない言葉だ。方向性が見えた今、教員を続けながら次のキャリアへ着実に歩んでいく篠崎さんのこれからを、楽しみにしている。

取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)