公立の給料は手放しがたい。でも、向かいたい方向があるなら回収できる。

良祐さん(静岡県・37歳・元公立中学校教員・現私立小学校教員)

「やめようかな」と思い始めた時、良祐さんの中に80%の迷いがあった。「でも続ける気持ちの方が多分多い」そんな状態でSSプログラムに入った。

民間企業を経て教員になり、京都・静岡と自分で環境を変え続けてきた12年。公立をやめて私立に移ったのは、去年の4月のこと。

「気持ちは感じているけれど、うまく言葉にできない」その言語化できなさに困って、SSプログラムの扉を叩いた。

「先生のおかげで今の自分がある」大学生になって、初めて気づいた

新川:
教員を目指したきっかけから聞かせてもらえますか?

良祐さん:
小学校・中学校の時から強く思っていたわけじゃないんですけど、大学生になって振り返った時に、「今の自分があるのは先生たちのおかげ」という部分が多かったなと気づいて。そこで、先生という職業もいいなって改めて思ったんですよね。

新川:
でも大学では最初、教職の単位が取れなかったんですよね?

良祐さん:
野球をずっとやってきていて、小学校の免許に必要な授業に出られなかったんです。で、当時はまだ若くてイケイケで(笑)「教職を目指してる仲間に絶対負けたくない、違う路線で経験を積んでから教員になってやろう」って。それで就職してから教員になろうと決めました。

新川:
「教員になるための準備として民間に行く」という発想、なかなか面白いですよね。

良祐さん:
そうですね。教員になった時に、民間の経験を話せるものを持っておきたかったんです。

京都→静岡、小学校→中学校。違和感のたびに、自分で環境を変えてきた

新川:
民間を経て教員になってから12年、自分で環境を変え続けてきたと思うんですが、その経緯を聞かせてもらえますか?

— 良祐さん:
京都の公立小学校が最初だったんですけど、授業が楽しかったんですよね。気持ちを込めてやったものって子どもたちは絶対応えてくれるんだな、というのが小学校での一番の発見でした。

新川:
それから静岡に戻ったのは?

良祐さん:
静岡に移ったら、京都とはちょっと雰囲気が違って。京都では何か課題があれば授業改善とか学習環境のところにフォーカスが当たる感じがあったんですけど、静岡でまた、違った視点が大切にされているような気がしました。「あれ、自分が京都で経験してきたことはここでは発揮できないのかな」と思いはじめて。

新川:
それで中学校に移ったんですね。

良祐さん:
英語と体育の専門性を生かせる中学校に、と思って。でも実際行ってみたら、カリキュラム上でこなさなきゃいけない英語が多くて、自分が理想とすることに近づけていけない気がしました。自分、英語を「教えたい」じゃなくて「使いたい」のかもしれないって気づいて。自分の気持ちに素直に環境を変えてきました。でも動くたびに、新しい違和感に気づくことに。

公立をやめようかなと思い始めた。でも、80%はまだ続けるつもりだった

新川:
公立をやめることを考え始めたのはいつごろですか?

良祐さん:
中学校に移って違和感を持ち始めたあたりからです。でもSSプログラムに入った時点では、80%くらいはまだ続けてるんだろうなと思ってたんですよ。やめようというより、どうやって折り合いをつけて続けるか、っていう感じでした。

新川:
それで迷いながらSSプログラムに入ってくれたんですよね。入ろうと思ったきっかけは何でしたか?

良祐さん:
自分の気持ちは感じているけれど、うまく言語化できないっていうのがあって。何に困っていて、自分がどこに向かいたいのか、言葉にできない。それをなんとか自分の言葉で表したいなと思って、入りました。

新川:
言語化できないから困っていた、という状態だったんですね。

良祐さん:
そうなんです。やめる・やめないより先に、自分が何を感じているのかが整理できていない感じでした。

SSプログラムで変わったのは「自分を上から見下ろせるようになった」感覚

新川:
SSプログラムを受けてみて、一番変化を感じたことは何ですか?

良祐さん: 
今自分が感じていることや困っていることを、俯瞰して見られるようになったというか。その中に自分はいるんですけど、それを上から見下ろしている感覚が持てるようになって。

新川: 
具体的にどんな変化がありましたか?

良祐さん: 
「自分ってまだこういうことができるんだな」とか、進む方向の選択肢だけじゃなく、考え方の選択肢が広がったという感じです。なんか楽になったというか。

新川: 
その俯瞰する感覚が持てたことで、決断にもつながっていったんですよね。

良祐さん:
そうですね。公立で続ける未来、20年後・30年後を描いてみた時に、なんか明るくなかったんですよ。ゆくゆくは教頭・校長になるのかな、でもそれって楽しいのかな、って。もうちょっと自由度が高いところで、環境によって自分がどう化けるか試してみたいと思いました。

給与は下がった。でも「向かいたい方向に行く損失は、回収できる」

新川: 
公立をやめる時、一番躊躇したのは何でしたか?

— 良祐さん: 
やっぱり年収ですよね。公立の先生はすごく給料が良くて、私立はどう考えても低いなって。そこは正直、かなり躊躇しました。

新川: 
それでも決断できたのはなぜですか?

良祐さん: 
去年の2月頃に新川さんに電話して相談した時に言ってもらった言葉が、きっかけの1つになっています。「給料が下がるとしても、自分がやりたいことに向かって動けば、その分は将来的に回収できる」って言われて。あ、そうだよな、じゃあ行こうって思えたんです。

新川: 
あの電話、覚えてますよ(笑)いくら下がるんですかって具体的に聞きましたよね。

良祐さん: 
そうなんですよ(笑)。でもその会話があったから、ちゃんと腹括れた感じがします。「向かいたいところに行くために下がる分は、回収できる」その言葉が、背中を押してくれました。

私立に来て気づいた、副業という新しい可能性

新川: 
実際に私立に移ってみて、どうですか?

良祐さん: 
学校の中での自由度が高いし、何より公立ではできなかった副業ができるんですよ。今は英会話の講師をやったり、発達に課題を抱えた子向けの運動領域のオンラインコーチングもやっています。

新川:
それ、めちゃくちゃ面白そうですね。

良祐さん:
DCDとか、発達特性のある子が縄跳びを飛べるようになるとか、こういうメカニズムで歩けるようになるとか、勉強しながらやっている仕事です。この副業で培った知識や経験って、公立に戻った時にもすごく活かせるんだろうな、と思いながらやっています。

— 新川:
副業できること自体が、この転職の大きな収穫になってるんですね。

良祐さん: 
そうですね。学校の外との繋がりが持てて、スキルアップにもなっているのは本当に良かったです。まだまだ人間関係とか大変なこともありますけど(苦笑)、でもいい方向に目を向ければ、ここに来なかったらできなかったことも多い。

「向かいたい方向があるなら、意外となんとかなる」

新川: 
家族もいる中での転職って、周りの先生から見るとかなりハードルが高く見えると思うんですよね。同じように迷っている先生たちに何か伝えたいことはありますか?

良祐さん: 
給与面とか心配していたんですけど、意外となんとかなる、というのがまず一番伝えたいことで。ただ「なんとなく嫌だから」じゃなくて、自分の向かいたいところに行くために動くのであれば、多少の収入の変化は大丈夫かな、という感じです。

新川: 
その「向かいたいところ」が自分でわかっているかどうか、がまず大事ですよね。

良祐さん:
そうだと思います。自分も最初は言語化できなかったので。悩む時間ってすごく大事で、いっぱい考えてから動いた方がいいと思います。将来の先のことも含めて、選択肢を広げながら考えてみてほしいなと。

新川: 
良祐さん自身もまだここがゴールじゃないですよね。次はインターの学校も視野に入れてるって言ってましたし。

良祐さん:
はい。英語を使って、関東圏のインターナショナルスクールにも最終的にはチャレンジしたいと思っています。まだまだここからです(笑)。

編集後記

良祐さんのインタビューで一番印象的だったのは、「気持ちは感じているけど、言葉にできない」という入口の言葉だった。「やめたい」でも「続けたい」でもなく、自分の気持ちそのものが霧の中にある状態。SSプログラムは転職を決断する場所じゃなく、その霧を晴らす場所でもある。自分で環境を変え続けてきた37歳が、初めて「俯瞰できた」と語ったことが、SSプログラムの本質を一番よく表していた気がした。

取材:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)