やめる気持ち8割だった私が、「逃げたいだけだった」と気づいて続けることを選んだ

のびさん(東北地方・34歳・小学校講師3年→民間企業2年→特別支援学校5年)

東北地方の特別支援学校で5年間働く のびさん(34歳)。小学校講師として3年間、その後民間企業で2年間の営業職を経験し、再び教育現場へ戻ってきた異色の経歴を持つ。昨年度、職場環境の急激な変化でストレスが頂点に達し、「やめたい気持ち8割」の状態でSSプログラムに出会った。しかしプログラムを通じて自分の捉え方が変わり、たどり着いたのは「続ける」という決断だった。逃げたいだけだったのかもしれないと気づいた、その先にある話。

運動と、障害者への思い——教員を目指したふたつの原点

新川: 
教員を目指したきっかけから聞かせてもらえますか?

のびさん: 
部活や運動をずっとやってきた中で、運動を通じて自分が作られてきたという実感がすごくあって。運動の楽しさを子どもたちに伝えたいというのが、先生を目指した一番の理由です。高校から大学を選ぶ時にそう思って、教育学部に進みました。

新川: 
特別支援学校を選んだのにも、何か思いがあったんですか?

のびさん: 
中学の時に先輩が障害者を差別する言葉を使っているのを聞いて、それがおかしいと思ったことがずっと心の中にあって。障害のある人もない人も、分け隔てなく一緒にいられる世界になってほしいという気持ちが昔からありました。大学で特別支援の免許も取れる専攻に進学して、将来の選択肢として持っていました。

新川: 
一度民間企業に行かれていますよね。

のびさん: 
学校ってちょっと窮屈な部分があるなと感じていて、若い勢いで一度外の世界を見てみようと思って営業職に就きました。本当に楽しかったし、お客さんと関係を作るのも好きで、いい経験でした。ただ妻の実家に引っ越すタイミングで転職が必要になって、転職活動したのですが、理想の会社には入れませんでした。それで、教員免許があるからという気持ちで特別支援学校を受けてみたら合格して、今に至ります。

「運動を通じて自分が作られてきた。その喜びを子どもたちに伝えたいという気持ちが、教員を目指した原点でした」

仕事の醍醐味と、限界を超えた一年

新川: 
特別支援学校で働く中で、この仕事をやっていてよかったと感じる瞬間はどんな時ですか?

のびさん: 
子どもや保護者から感謝されること、頼られること。それと、できなかったことができるようになった瞬間に立ち会えること。特別支援はその変化がすごく見えやすいので、そこが醍醐味だと思っています。保護者との関わりも毎日の送り迎えで密なので、関係性もすごく深くなりますね。

新川: 
昨年度はどんな状況でしたか?

のびさん: 
校内研究の対象になって、業務量の負担が増えた上に、ペアを組む先生の指導する立場にもなって。価値観が合わない中でなんとかやっていたんですが、自分の耐えられる量を完全に超えてしまいました。言いたいことも言えなくて、ずっと抑えながら過ごしていて、本当にいっぱいいっぱいでした。

新川: 
その時のやめたい気持ちの強さはどれくらいでしたか?

のびさん: 
8割くらいはやめたいという気持ちでしたね。このまま続けたら心が持たないという感覚があって、何かしなければ変わらないと思って、紗世さんに頼らせてもらいました。

「言いたいことも言えず、ずっと抑えながら過ごしていた。このまま続けたら心が持たないと感じた時、SSに出会いました」

SSとの出会い

新川: 
SSプログラムを知った時の印象はどうでしたか?

のびさん: 
自分の考え方を変えてより良くなれるなら、もう本当に頼りたいという気持ちでした。何かしなければ変わらないと思っていたので、藁にもすがる思いで飛び込んだ感じです。

新川: 
研究発表などで忙しい最中にプログラムを受けていたんですよね。

のびさん: 
そうです。本当に忙しい時期に並行してやっていました。でもそれくらい切羽詰まっていたということだと思います。

「あるを見る」——捉え方が変わった瞬間

新川: 
プログラムを通じて、一番大きかった変化は何ですか?

のびさん: 
「あるを見る」というワークが本当に刺さりました。ずっと自分ができないことばかりに目を向けて、そこへの不満を抱き続けていたんだなと気づいて。あるを見る、つまり今自分にできることに集中するようになったら、考えが楽になって。できないことは考えない、自分ができることだけをやろうと思えるようになったらストレスがすごく減りました。

新川: 
他人への見方も変わりましたか?

のびさん: 
変わりました。他人に期待するんじゃなくて、自分がどう関わるかを考えるようになりました。出来事自体は変えられないけれど、自分の捉え方次第で見え方は変わる。自分を許せるようになったし、他人に対しても同じように思えるようになりました。

「できないことばかり見て不満を抱えていた。「あるを見る」と知った時、考えがすっと楽になりました」

「逃げたいだけだった」と気づいた日

新川: 
やめる気持ち8割から、続けるという決断に変わったのはなぜですか?

のびさん: 
今年度やめようと思っていたのは、この一年間だけが急変して負担感が強くなったから、やってられないと思っていたからで。でもSSを通じてマインドセットを学んでいったら、「逃げたかっただけだったんだな」と自分で気づいたんです。捉え方次第で出来事は変わる、ということが分かってきた時に、逃げていた自分を見つけられました。

新川: 
自分の価値観を掘り下げる中でも、何か見えてきましたか?

のびさん: 
好きでやってきたんだということを改めて確認できました。自分の価値観や、やりたいことで決めてきた仕事でもあったと気づけたんです。そう思ったらやめる理由がなくなったというか、続けることを自分で選べた感じです。

「逃げたいだけだったんだと気づいた。自分の価値観で選んできた仕事だと分かった時、やめる理由がなくなりました」

これからの心持ち

新川: 
続けると決めた上で、これからどんな姿勢で働いていきたいですか?

のびさん: 
教員って忙しくなると雰囲気も悪くなることがあるので、自分がいつでも周りのムードメーカーになれるくらいの人間になれたらと思っています。まだ若いので調子に乗りすぎず周りを見ながらですけど(笑)。

ストレスを抱えている先生へ

新川: 
仕事量や人間関係でストレスを感じている先生たちへ、一言いただけますか?

のびさん: 
日々お疲れ様です、とまず言いたいです。忙しい時はできないことや不満にばかり目が向いてしまうと思うんですが、身の周りには幸せがいっぱいあると思うので、そういうものを自分でつかみに行くことが大事なのかなって。捉え方を変えるだけで、本当に見え方が変わります。ちっちゃなことが積み重なって、大きな力になっていくと思うので。

「捉え方を変えるだけで、本当に見え方が変わります。身の周りにある幸せを、自分でつかみに行ってほしいです」

編集後記

のびさんのインタビューで印象的だったのは、「やめる気持ち8割」という状態からSSを終えて「続ける」という決断に至ったという、決断のストーリーだ。やめることが正解でも、続けることが正解でもない。自分で納得して決めることが大切なのだということを、のびさんの話は体現している。

「逃げたいだけだった」という言葉は重い。限界寸前まで追い詰められていた人間が、自己理解を深めることでその感情を冷静に見つめ直し、自分の原点に戻ってきた。運動の喜びを伝えたい、障害のある人が分け隔てなく生きられる世界を作りたい——その思いは、最初から変わっていなかった。

「ムードメーカーになれるような人間になりたい」というこれからの姿勢に、のびさんの変化が凝縮されていると感じた。

取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)