退職直後・妊娠中にSSと出会った——人生の転換期が重なった時、自分と向き合うことで見えてきたもの
ゆうさん(神奈川県・37歳・小学校教員11年・退職後コーチ活動)
神奈川県在住の ゆうさん(37歳)は、小学校教員として11年間働いた後、夫の転勤を機に退職した。退職直後、2人目を妊娠中という状態でSSプログラムに出会い、出産を挟みながら4ヶ月のプログラムを修了した。「家族のために」と自分に言い聞かせながら決めた退職。でもやめてみて初めて、自分のやりたいことって何だろうという問いと向き合えるようになった。コーチとして学びを続け、非常勤講師として教育現場にも戻ろうと考えている今、ゆうさんが振り返るキャリアのこと。
縦割り班の記憶から、小学校教員へ
— 新川:
教員を目指したきっかけを教えてもらえますか?
— ゆうさん:
小学生の頃、縦割り班で他の学年と交流した時に、幼稚園や保育園みたいに小さい子と関わる仕事がいいなとなんとなく感じて。その頃からピアノを習ったり、幼稚園の先生になるためにはどんなことをするんだろうと親に聞いたりしていました。
— 新川:
最終的に小学校教員を選んだのはどんな理由でしたか?
— ゆうさん:
大学に入った時、幼稚園・保育園・小学校など複数のコースが選べたんですが、親に「小学校の方が免許を取るのが難しいから、両方取っておいて就職の時に決めたら」と言われて。実習に行ってみたら小学校の先生の雰囲気が自分に合っていると感じたので、小学校を選びました。
「実習で小学校の先生の雰囲気が合うと感じた。親の助言で両方の免許を取っておいたおかげで、自分に合った道を選べました」
11年間のやりがいと、しんどかった時期

— 新川:
実際に働いてみて、やりがいを感じた瞬間はどんな時でしたか?
— ゆうさん:
自分が頑張ってきたこと(幼い頃から水泳を続けていて、選手コースで泳いでいました。また、ピアノや吹奏楽の経験等)を活かして、子どもたちにわかりやすく教えることで、子どもたちができるようになったり、やる気を出して取り組んでくれたりする姿が見られて嬉しかったです。低学年の方が自分には合っていると感じていて、そこでの関わりが特に好きでした。
— 新川:
しんどかった時期はありましたか?
— ゆうさん:
転勤してすぐ持った高学年で、卒業間際にいじめが発覚して。コロナで登校できない時期も重なっていたので自分が見切れていなかった部分もあって、暗い気持ちにすごく引っ張られてしまいました。気持ちの整理がうまくできなくて、その辛さがしばらく続きましたね。
— 新川:
そこからどう立ち直ったんですか?
— ゆうさん:
コロナで学校が休みになった2ヶ月の間に、次のクラスの準備をしたり色々考えるうちに徐々に気持ちが薄れていきました。学校や子どもたちの雰囲気によって合う合わないもあるのかなと、少し割り切れるようにもなって。
「暗い気持ちにすごく引っ張られてしまった時期がありました。でも徐々に、学校や子どもたちとの合う合わないもあると思えるようになりました」
夫の転勤、育休、そして退職という選択
— 新川:
退職を決めたのはどんな事情でしたか?
— ゆうさん:
夫が管理職になるタイミングで転勤の可能性があって。ついてくるかは選んでもいいよと言ってもらえたんですが、夫の体調のことを考えると近くにいた方がいいなと思って。大変だった時期を思い出してしばらく離れてみてもいいかという気持ちと、またやりたいと思ったら戻れると自分に言い聞かせながら決めた部分がありました。
— 新川:
退職した時の正直な気持ちはどうでしたか?
— ゆうさん:
最後の年がすごく楽しくて、もうちょっとあの学校に長くいられたらなという気持ちがあって後ろ髪を引かれていたんですが、家族のためにと自分に言い聞かせながら決断していたなと。自分の気持ちじゃないところで決めてしまったなという感覚がずっとありました。
「家族のために」と自分に言い聞かせながら決めた退職でした。自分の気持ちじゃないところで決断してしまったなという感覚が、ずっとありました」
退職直後・妊娠中にSSと出会う
— 新川:
SSを知ったのはどんなタイミングでしたか?
— ゆうさん:
退職した直後です。仕事をやめてみて、自分のやりたいことって何なんだろうということがすごく気になって。自分の中だけで考えるのは難しいなと感じていた時に見つけました。
— 新川:
2人目を妊娠中という状況でプログラムを受けていたんですよね。
— ゆうさん:
そうなんです。4ヶ月のプログラムの途中で出産も挟んで。育休中で大人と話す機会も少ない時期だったので、自分の話を聞いてもらえる場があること自体がとても貴重でした。
自分の頑張りを認めてもらえた経験
— 新川:
プログラムで一番印象に残っていることはありますか?
— ゆうさん:
人に自分のことを話して、「こんなに頑張ってきたんですね」と承認してもらえる機会って日常の中ではほとんどないじゃないですか。自分では自分をなかなか肯定的に受け止めることができないタイプだったので、肯定的に受け止めてもらえたという経験がすごく印象に残っています。
— 新川:
自己理解を深めることで、何か変わりましたか?
— ゆうさん:
「あるを見る」ができるようになってきたことが一番大きいと思っています。変えられないことにうじうじ悩み続けるのではなく、自分にできることに目を向けられるようになってきた。長い時間をかけてコツコツ積み重ねてきた結果、少しずつ自分の見方が変わってきた感じがします。
「あるを見る」ができるようになってきた。長い時間をかけてコツコツ積み重ねることで、少しずつ自分の見方が変わってきました」
これからのこと——コーチとして、非常勤講師として

— 新川:
これからはどんなことを考えていますか?
— ゆうさん:
コーチとして学びを続けながら、非常勤講師として学校現場にも戻っていきたいと思っています。担任という形ではなく、別の関わり方でのサポートが自分には合っているのかなとも感じていて。いろんな働き方を経験してみたいという気持ちがあります。転勤で地域が変わったことで、違う地域の学校を経験できるのも一つの学びになると思っています。
同じ状況にいる人へ
— 新川:
夫の転勤など、自分では選べない環境の変化に直面している先生たちへ、一言いただけますか?
— ゆうさん:
まず自分のやりたいことを考えてから決断してほしいです。当時の私は家族のためという気持ちで決めてしまって、自分の気持ちに気づけていなかったなと思っています。やめたとしても、その先で自分にできることを探して選ぶことはできる。「あるを見る」という目を持てると、どんな状況でも前に進んでいけると思います。
「まず自分のやりたいことを考えてから決断してほしい。やめた先でも、自分にできることを探す目を持てれば、前に進んでいけます」
編集後記
ゆうさんのインタビューで印象的だったのは、「家族のために」と自分に言い聞かせながら退職を決めたという正直な言葉だ。誰かのためという気持ちは本物だったけれど、同時に自分の気持ちをうまく扱えていなかったという気づきが、SSを通じてはっきりしていった。
妊娠中に受講し、出産を挟んでプログラムを修了するというタイミングも印象的だった。育休中で大人と話す機会が少ない時期に、自分を肯定的に受け止めてもらえる場があったことが、ゆうさんにとって大きな支えになったのだろう。
「あるを見る」という言葉がインタビューで何度も出てきた。変えられないことへの悩みから、自分にできることへの目の向け方への変化。コーチとして、非常勤講師として、新しいステージを歩み始めた ゆうさんのこれからが楽しみだ。
取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
