「始めたことは続けなきゃ」で25年走ってきた副校長が、50代で起業を決断。

あおいさん(東京都・50代・小学校副校長・小学校教員20年・副校長5年。2026年3月退職)

自己啓発本を読む時はテンション上がるのに、教育書は全然テンション上がらない。

そのことに、ずっと薄々気づいていた。

教諭20年、副校長8年。

「始めたことは続けなきゃ」という昭和的な根性で走り続けてきたあおいさん(50代)が、退職を決めたのは今年の2月。

次に目指すのは、不登校支援の放課後等デイサービスを起業すること。

「遅くないです。あと30年くらい行けるかなと思って」と笑うあおいさんに、その決断の中身を聞いた。

「手に職を」教員になったのは、母の言葉がきっかけだった

新川:
まず、教員になったきっかけから教えてもらえますか?

あおいさん:
私の場合、すごくなりたかったというよりは……母が「女性は何か手に職をつけなければ」という考えの人で。公務員とか、教員とか、そういう選択肢の中から「じゃあ教員かな」みたいな感じで選んだところがありました。子どもと関わるのが好きかなとか、人に教えるのが好きかなとか、その程度のことで(笑)。

新川:
すごくなりたくて! というわけではなかったんですね。実際になってみて、どうでしたか?

あおいさん: 
もちろんやりがいも感じていましたよ。授業がうまくなりたくて、セミナーに参加したり、サークルで学んだり……結構頑張っていた部分もあったんです。でも、やることが多すぎて忙しい、というのが常にあって。それと、保護者のクレームだとか、ケガだとか、ちょっとしたことがあったらもうピリつくというか……何かいつ来るかわからないという怖さを、いつも感じていました。

新川:
20年続けてきた中で、やめたいと思ったことはありましたか?

あおいさん: 
1回だけ、すごくありました。学級崩壊しそうなクラスを持った時です。でも「始めたことは続けなきゃいけない」「ここでやめたらきっと他でもやめる」みたいな、昭和的な考えがあって(笑)。負けずに頑張れ、で乗り切りました。

新川: 
昭和根性で乗り越えてきたんですね(笑)。

あおいさん: 
その経験があるから、その後もちょっと大変なことがあってもなんとかなるかな、という感じでずっと続けてきた感じです。

「始めたことは続けなきゃいけない——昭和的な根性で走り続けた20年だった」

副校長になって気づいた、「本当に好きな仕事」

新川: 
副校長になったのは、自分の意思でしたか?

あおいさん: 
「管理職になるのは転職するようなもんだ」って言われてたんですよ。私も教員やりながらずっと違和感があって、楽しいと言えば楽しいんだけど、自分に合っているかと言ったら……どうなのかな、って。だからちょっと転職の気分で(笑)やってみようかみたいな感じで受けました。

新川: 
実際やってみてどうでしたか?

あおいさん: 
最初はもう大変でしかなかったんですけど、今となっては教員よりも向いてるというか、楽しめたかなって気はしてるんです。先生たちが元気に授業できるよう環境を作るという立場で、そういうのにすごくやりがいを感じている自分に気がつきました。

新川: 
それはめっちゃくちゃ大事な気づきですよね。

あおいさん: 
忙しいからもちろん辞めたいんですけど(笑)でも仕事の内容というか、環境を整えるっていうところがすごく面白かったです。

「環境を作る側が楽しい」——それは、SSプログラムのワークを通じてコーチに言語化してもらうまで、うまく言葉にできなかったことでした。

体が悲鉤を上げ、「いつ終わるのか」と思った

新川: 
退職を決めた直接のきっかけは何だったんですか?

あおいさん: 
保護者のクレーム対応が続いて、校長の考えと現場の間でずっと板挟みで。不可能なことを調整しなきゃいけない状況が何度も続いて、頭がどうしていいかわからなくなることが何度かあって。

新川: 
体にも影響が出ましたか?

あおいさん: 
去年の夏、モンスターペアレント的な保護者の対応があって、秋には休職した先生の代わりに授業もやらなきゃいけなくなって……そこに右足の骨折、治ったら左足の捻挫と、体にも不調が続いて。整体の先生も「体が何かを言ってますよ」って言ってくれて。もう、いつ終わるのかなって。

新川: 
それだけ重なったら、さすがに体がサインを出していますね。

あおいさん: 
2月にさすがに収まったんですけど、もうなんか疲れたな、というのがあって。やめようって決めたのがその2月頃です。

「体が何かを言ってますよ——整体の先生の言葉に、ようやく気がついた」

自己啓発本はテンションが上がる。教育書は上がらない。

新川: 
退職を決める前から、ずっとビジネスへの興味があったんですよね?

あおいさん: 
うちの親が自営業だったので、ビジネスの楽しさも大変さも聞いていて、なんか面白そうって思ってたんですよ。自己啓発本とかビジネス本を読む時はテンションが上がるのに、教育書はあんまりテンション上がらないな……って思いがずっとあったんですよね。

新川: 
それ、すごく正直な話ですね。でもそれって大事なサインじゃないですか。

あおいさん: 
そういう状況になってきて、やっぱりこれちょっと方向転換しようかな、1回しかない人生だしって考え始めて。そのタイミングで新川さんの本に出会って、「あ、私でも転職できないって思ってたけど、今のスキルを生かせるんだ」って。もうそれで決めたようなもんです。

新川: 
ありがとうございます(笑)。でも副校長まで上り詰めてる方が、なかなか動けない人のほうが多い中で、すぐ決断できたのはなぜですか?

あおいさん: 
副校長になったら、3年経ったら校長試験を受けなきゃいけないんですよ。でも私、校長には全然なりたくなかったんですよね。よほどの実力がないと、学校の体制を変えることは難しいし……校長先生のお話とか全然したくないし(笑)。責任だけどんどん重くなって、あまり面白そうに思えない仕事が次に待ってると思ったら……もう、いいかな…という感じで。

新川:
上に行くほどやりたいことから遠ざかる感覚があったんですね。

あおいさん: 
そうなんです。だからもう、今しかないって思いました。

SSプログラムで気づいた「本当にやりたいこと」それは言葉にしにくいものだった

新川: 
SSプログラムを受けてみて、一番印象に残っていることは何ですか?

あおいさん: 
毎回時間がかかって、提出ギリギリか過ぎてたりしたんですけど(笑)でも全部やりきった、という感覚があったんですよ。自己啓発本って毎回途中で挫折してたので、今回はちゃんとやりきりたいって思っていたんです。棚卸し、全部終わったっていう気持ちが大きかったです。

— 新川: 
それがあると、次に進む時に「あの棚卸しは終わってる」って自信になりますよね。

あおいさん: 
そうなんです。それが一番良かったです。あとはコーチが、私が言語化できないことをしっかり言語化してくれて。「それが言いたかったんですよ!」っていうことが何回かあって。

新川: 
どんなことを言語化してもらいましたか?

あおいさん: 
好きなことをあげて、でもどれか1個選べって言われたら選べないんですよ。でもワクワクすることは存在してると思っていて、それが何だろうってずっとわからなくて。コーチに「教育に興味はあるけど、直接教えることにすごく興味があるわけじゃなくて、環境を作る方がやりたいんじゃないですか?」って言われて。

新川: 
そこに気づけたんですね。

あおいさん: 
そうなんです。なかなか言葉で表しにくいじゃないですか。「子どもと関わるのが好き」とか「教えるのが好き」とかなら分かりやすいんですけど、「環境を整える方がモチベーション上がる」って、なんか自分で言いにくくて。でも言っていい場だったんだなって。そこにたどり着けたのが、SSプログラムの一番の収穫でした。

「言語化できなかった本音を、コーチが丁寧に掘り起こしてくれた」

次の目標は、放課後等デイサービスを立ち上げること

新川: 
これからどんな道に進もうとしているか、聞かせてもらえますか?

あおいさん: 
副校長として不登校の子どもや保護者に関わるうちに、学校という環境になじめない子が苦しんでいるのをずっと感じていたんですよ。だから支援したいと思うようになりました。最初はフリースクールを考えたんですが、実際に見学に行ったら素晴らしい施設だったんですけど赤字だって言うんですよ。子どもが元気になって学校に戻っちゃうから(笑)。

新川: 
それは確かに(笑)。

— あおいさん: 
同じことを放課後等デイサービスでもできるって言われて。国からの補助があるから経営が安定するし、これから学びたいと思っているコーチングも生かせるし、じゃあそれでいこうと。支援してくれる会社も見つかったので、来年の9月にオープンしようかなと、勝手に思ってるんですが(笑)。

新川: 
日付まで決まってるじゃないですか。すごい。

あおいさん: 
気持ちがもう来年に行っちゃってるんで(笑)落ち着け落ち着けって感じです。でも今の職場でも不登校の子と関わる場面があるので、実際やってみて、どういう保護者と関わるかとか、そういうことも今できることとして練習できてるなと思って。

新川: 
現場で今もリアルに積み上げてるんですね。

あおいさん: 
放課後等デイがゴールじゃなくて、将来的には先生のサポートもしたいなと思ってます。副校長として先生の相談に乗ってきた経験もあるし、なんかそういうのにも興味があります。まずは放課後等デイで一歩踏み出して、その先にまたステップがある感じで考えています。

「1度しかない人生、やりたいことをやって死んだらいい」

新川: 
50代での転身に不安を感じている先生たちに、何か伝えたいことはありますか?

あおいさん: 
最近よく言ってるんですけど、本当に1度しかない人生なので、やりたいことをやって死んだらいいんじゃないかなと思います。遅くないです。

新川: 
あおいさん、あと30年くらい行けるって言ってましたよね(笑)。

あおいさん: 
行けると思ってます(笑)なんかね、出会う人も変わってきたんですよ、この時期から。自由に生きてる人がいっぱいいるんだなって、改めて感じていて。

新川:
それを言えるの、めっちゃくちゃかっこいいですよ。今日はありがとうございました。

あおいさん: 
こちらこそ、ありがとうございました!

編集後記

あおいさんのインタビューで一番印象的だったのは「自己啓発本はテンションが上がるのに、教育書は上がらない」という一言だった。本人が薄々気づいていたのに、言語化できなかった本音。SSプログラムのワークとコーチとの対話が、それを丁寧に掘り起こした。

副校長として不登校の子どもたちに向き合ってきた経験が、次のキャリアへの確かな根拠になっている。50代で放課後等デイサービスの起業を目指す姿は、「遅い」なんて言葉を軽々と超えている。

取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)