「心を削りながら働いている…」元会社員・元教員が、自分らしい働き方を見つけるまで
さとしさん(45歳 / 東京都 / 体育器具メーカー営業(会社員)ののち、神奈川県の小学校教員を18年。退職後はRe-Career SSコーチとして活動予定)
神奈川県の小学校で18年間教壇に立ち続けた さとしさん(45歳)。実は教員になる前、体育器具メーカーの営業マンとして社会人キャリアをスタートさせていた。「先生だけは絶対にならない」と言い切っていた若者が、ある小学校の校庭で子どもたちに囲まれた瞬間、人生の針が動いた。会社を辞め、大学に戻って免許を取り直し、教員になった。その情熱と、18年後の燃え尽きと、そしてSSプログラムを経て見えてきた、新しいステージの話。
「先生だけはならない」と言っていた男が、教員になるまで
— 新川:
もともと会社員だったとうかがっています。教員を目指したきっかけを教えてもらえますか?
— さとしさん:
親に「教員になれば」ってずっと言われてたんですけど、学生時代は「先生だけは絶対ならない」って言い切ってたんです(笑)。教職も取らなかった。で、体育器具メーカーの営業として新卒で入ったんですが、正直仕事がつまらなくて。そんな時に仕事で鎌倉の小学校に行ったんです。校庭で遊具の保守点検をしている職人さんの様子を確認しに行ったら、中休みが終わった3年生くらいの子どもたちがわーっと集まってきて、「何やってんの?」って。
— 新川:
その場面が転機になったんですね。
— さとしさん:
「錆びないように塗ってるんだよ」って話したら「えー、そうなんだ」ってなって。先生が「体育始まるからおいで」って呼んで、みんなバーってまた走っていって。その時に、あ、俺学校好きだったな、って思ったんですよ。先生になりたいとかじゃなくて、まず学校って楽しかったよな、っていう感覚が戻ってきたんです。それがきっかけでした。免許は一枚も持ってなかったんですけど。
— 新川:
そこから大学に戻って免許を取ったんですよね。
— さとしさん:
会社を辞めてから大学に科目履修生として戻って免許を取りました。中学校は倍率が高かったので、小学校を目指して通信教育も使いながら。1年間臨時的任用職員をやって採用試験に受かって、小学校の先生になりました。
「先生だけは絶対ならないと言っていた僕が、校庭で子どもたちに囲まれた瞬間、学校って楽しかったよな、と思い出してしまった」
やればやるほどしっくりきた18年間と、積み重なる矛盾

— 新川:
教員になってみて、どうでしたか?
— さとしさん:
熱量はありましたね。ただ最初は分からないことが分からない状態で、心理的なプレッシャーもすごくて。でも自分の本音をさらけ出して関わっていると、子どもも同僚もちゃんとついてきてくれるっていうのが分かってきた。4月は話を聞いてくれなくても、5月、6月、7月になると「先生の話を聞いてもいいかな」って子どもなりに思ってくれてる、そういう感覚がありました。やればやるほどしっくりきましたね。
— 新川:
それが変わっていったのはどのタイミングでしたか?
— さとしさん:
家族ができて子どもが大きくなってきた頃ですね。40人いるクラスの子たちがそれぞれ困っていることが分かる。でも全員にアプローチできない。「一人一人を大切に」って言葉は言えるけど、全員は救えないっていう圧倒的な矛盾。それが積み重なってきた時に「これずっと勤まるのかな」って思い始めました。心を削りながら働いている、っていう表現をよくしてたんですが、削るものがなくなっていく感覚がありました。
「心を削りながら働いている。その削るものが、だんだんなくなっていく感覚がありました」

コロナ、そして休職へ
— 新川:
決定的なタイミングはありましたか?
— さとしさん:
2020年の8月、コロナの休校明けです。教室のクーラーが壊れていて全員マスク、室温は40度近い。そんな中でも学校に行くっていう状況で、初めて眠れないとかそういう状態になりました。一度復活したんですが、その後異動した学校でまた苦しくなって、お休みすることになりました。
— 新川:
休職中はどんな気持ちでしたか?
— さとしさん:
妻とも「もう戻れないね」という話をしていました。同じことを繰り返すだけだろうと。子どもたちのご飯を食べさせなきゃいけない、仕事しなきゃという気持ちもあって、転職サイトやハローワークに行ったりもしていました。そんな時にインスタでSSプログラムのことを知って、体験セミナーに申し込んだのがきっかけです。
— 新川:
最初はどんな印象でしたか?
— さとしさん:
「困っている先生を助ける仕事ってすごく素敵じゃん」ってすごく共感したんですよね。コーチングという仕事があるっていうことも知らなかったんですが、そういう仕事があるんだ、これやりたいかもって思ったのが最初の引きだったと思います。
SSプログラムで見えてきたもの
— 新川:
プログラムを通じて、どんな変化がありましたか?
— さとしさん:
一番大きかったのは、内省には限界があるということです。人にアウトプットしないと、自己理解がぐるぐる回るだけになってしまう。プログラムを通して過去の体験や感情を言語化していく中で、自分が本当に大切にしてきたものが見えてきました。会社員の時に「学校が好きだったな」って思ったあの感覚も、今振り返ると「人とさまざまな感情で関わり、伝え合う場が好きだった」という言葉に変わっていきました。当時より解像度がずっと上がっています。
— 新川:
自分の価値観がより鮮明になってきた、ということですね。
— さとしさん:
そうです。教員という仕事は「教える」ポジションだけじゃなくて、人の話を聞いたり、困っている人に寄り添ったり、人間の生の感情とセッションするような場なんだと思う。それが自分は好きだったんだ、と気づけたのはSSのおかげです。
「内省には限界がある。人に言葉で表現することで初めて、自分が本当に大切にしてきたものが見えてきました」
「お父さん、また夕方ね」

— 新川:
これからの働き方について、どんなことを考えていますか?
— さとしさん:
どんな仕事であっても、家族と心の底から会話できる状態を整えることが一番だと思っています。物理的に一緒にいる時間、触れ合う時間を大切にしたくて。会社員に戻るかもしれないし、それは分からない。でも優先するものはここだというのは決まっています。
— 新川:
何かエピソードがあれば。
— さとしさん:
一番下の子が小学1年生なんですが、「行ってきます」の時に「お父さん、じゃあまた夕方ね」って言ってくれるんです。それがめちゃくちゃ嬉しくて。心の中でも「また夕方ね」っていうような、そういう関係をどんな状態であっても絶対守りたいと思っています。
「「お父さん、また夕方ね」——その一言が、自分が何を守りたいかを教えてくれました」
次のステージへ——SSコーチとして
— 新川:
これからはSSのコーチとしても活躍してもらう予定ですね。
— さとしさん:
はい。自分が教員として葛藤してきた経験が、同じように苦しんでいる先生の気持ちを想像するときに活きると思っています。「頑張っているのに報われない」という感覚、すごくリアルに分かるので。上辺の共感じゃなく、その気持ちに寄り添える存在になりたいです。
悩んでいる先生へ
— 新川:
家族もいるし動けない、という先生たちに一言お願いします。
— さとしさん:
動けない気持ち、すごく分かります。怖いですよね。「不安は付き合っていくものだ」って言っても、多分当時の自分には刺さらなかったと思う。だから正直なところ、まず「悔しいですよね」「こんなはずじゃなかったですよね」って言いたいです。頑張っているのに報われない、その気持ち。もしよかったら、その話を聞かせてください、って。
「「頑張っているのに報われない」——その悔しさ、私もよく知っています。まず、その話を聞かせてください」
編集後記
さとしさんのインタビューで最も印象的だったのは、「学校が好きだったよな」というシンプルな原体験だ。先生になりたかったわけでも、子どもが特別好きだったわけでもなく、「学校という場そのものが好きだった」という感覚から教員の道へ進んだ。そのピュアさが、18年間の熱量の源泉だったのかもしれない。
一方で、「心を削りながら働いている」という言葉には、誠実さの代償のようなものを感じた。救いたいと思う子がいる、でも全員は救えない——この矛盾を真正面から受け止め続けた結果の消耗だったのだろう。
「お父さん、また夕方ね」というエピソードが、インタビュー全体の中で一番温かかった。たった一言に、さとしさんが取り戻したものがすべて詰まっていると思う。これからのコーチとしての活躍も、心から楽しみにしている。
取材:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
