20年近く「やめようかな」と思いながら続けてきた美術教員が、43歳で踏み出した話
さわさん(静岡県・43歳・中学校美術13年・特別支援学校3年・令和7年度末退職)
静岡県で中学校の美術教員として13年、特別支援学校で3年、計16年間教壇に立ってきた さわさん(43歳)。「中学校の時は絶対先生にならない」と思っていたのに、大学のサークル活動での経験が人生の方向を変えた。ずっと「やめようかな」という気持ちを抱えながら、このまま続けていくのかと迷い続けた20年近く。SSプログラムを通じて「あるを見る」ことを覚え、教育と美術が好きだという自分の軸を確認した。そして退職後に「降ってきた」のが、個人事業主として美術で生きるというビジョンだった。
「絶対先生にならない」と思っていた——サークルが人生を変えた

— 新川:
教員を目指したきっかけを教えてもらえますか?
— さわさん:
元々教員になりたいとは全然思っていなくて、中学校の時は絶対先生にならないって思ってたくらいです。大学に行って、お友達に「教員免許取らないなんてありえないよ」と言われて、そうなんだと思いながら取り始めたという感じでした。それより大きかったのは、児童養護施設で子どもたちに勉強を教えるというサークルに入って、教育って大事だなとか、教えることって楽しいなと感じたことです。就職を考えた時に、じゃあ教員にしようと決意しました。
— 新川:
中学校と高校の免許を取って、なぜ中学校を選んだんですか?
— さわさん:
どちらかというと小さい学齢の方が好きかなと思って、中学校を選びました。念のため小学校の2種免許も卒業と同時に取ったんですが、基本的には中学校での美術の教員として働いてきました。
「中学の時は絶対先生にならないと思っていた。でも大学のサークルで教育の大切さと、教えることの楽しさを知って、方向が変わりました」
20年近くの「やめようかな」——管理職かこのままかの迷い
— 新川:
長く続けてきた中で、やめたいという気持ちはいつ頃から?
— さわさん:
最初から、学校って合わないなとは思っていたんですよ。ただ結婚して子どもを産む前は若さもあって頑張れていて、育休中にいっぱい考えてやめるかやめないか迷いながら、でも楽しかった気持ちも思い出してそのまま復帰してしまって。戻ったら戻ったで育児と仕事の両立が本当に大変で、復帰の頃は記憶がないくらいただ生きていたという感じです。
— 新川:
その後はどう変わっていきましたか?
— さわさん:
子どもが中学生と高校生になってだいぶ手が離れてきて、続けることもできなくはないかなという感覚もあったんですが、自分の子どもより学校が優先になってしまっていることへのモヤモヤはずっとありました。それと、年齢的に管理職の話がチラチラ出てくるようになってきて。管理職になって学校を変えていくことへの希望はあったんですが、リーダーシップを取っていくのは苦手だし、同僚から文句を言われながらやっていくのも嫌だしと考えると、どっちにも幸せな自分が見えなくなって。
「管理職になる未来も、このまま平教員でいる未来も、どっちにも幸せな自分が見えなかった。その迷いが20年近く続いていました」
長期研修・学年主任——動いてみて分かったこと

— 新川:
やめる前に、色々と試みもしていたんですよね。
— さわさん:
県の機関に長期研修で行かせてもらったことがあって、その時の校長先生に「やめるかどうか迷っている」という話をしていたんです。違う空気を感じたらまた頑張ろうかなと思えた時期もあったんですが、現場に戻ったらやっぱり忙しい気持ちが勝ってしまいました。学年主任もやってみたんですが、やっぱりちょっと苦手だなと自分でも感じて。それで今の学校に移って3年で退職という流れになりました。
— 新川:
やってみたからこそ、自分に何が合わないか分かった感じですか?
— さわさん:
そうですね。主任的な立場になってやってみた時に、あ、やっぱちょっと違うなと思って。それも決断の一つのきっかけになりました。
SSとの出会い——教育も美術も、好きだと確認できた
— 新川:
SSを知ったのはどんなきっかけでしたか?
— さわさん:
新川さんの本を見て、という感じです。ちょうど学年主任をやってみて自分に合わないなと思い始めた頃で、中学校の子たちの様子を見ながら悩んでいた時期でした。
— 新川:
プログラムを通じて、一番印象に残っていることは何ですか?
— さわさん:
客観的に自分を見てもらいたいという気持ちで入ったんですが、コーチに自分を引き出すような問いをいっぱいもらって。実は教育から離れようかなと思っていた部分もあったんですが、やっぱり教育も好きだし、自分がやってきた美術も好きだということが見えてきたのがすごくありがたかったです。それと「あるを見る」というワードがすごく自分の中に残っていて。忙しくて大変な時って全部ダメだと思って自己否定に入ってしまっていたんですが、意外とやっていることもあるじゃんと気づけたのが大きな成果でした。
「『あるを見る』という言葉が自分の中に残っています。全部ダメだと思っていたのに、意外とやっていることもあるじゃんと気づけた」
夏に「やめます」を伝え、確信して退職へ

— 新川:
退職を決める過程はどんな感じでしたか?
— さわさん:
実は夏の前から「やめるつもりです」と管理職に伝えていたんです。早めに美術科の後任を探しておいてくださいという感じで。夏休み中に考えたら気持ちが変わるかもしれないとは自分でも思っていましたが、SSもあってやめようと決断できました。
— 新川:
退職を決めてから気持ちに変化はありましたか?
— さわさん:
決めてからはすっきりした感じがあって。お金のためだけに働いてきたわけじゃないけど、子どもがいるし収入がなくなったらどうなるんだろうという不安は少しありました。でも次の道が見えてきてからは、その不安よりも前に進む気持ちの方が強くなっていきました。
「降ってきた」個人事業主というビジョン
— 新川:
退職後の方向性を聞かせてもらえますか?
— さわさん:
元々転職サイトにも登録していて、どこかの会社に入るんだろうなと思っていたんです。でも美術という好きなこと・得意なことを生かしながら働く道を考えた時に、3月の末あたりで個人事業主になろうという気持ちが降ってきたような感覚があって。自分で1人でやるなんてありえないと思っていたし、税金のこととか何も分からないし、誰かの元で働くしかないと思っていたのに、その発想が出てきたのが自分でも驚きでした。
— 新川:
SSでいろんな働き方を見たことも影響していますか?
— さわさん:
すごく大きいと思います。SSの中でいろんな人の働き方を見られたことで、考え方がすごく広がりました。今まで選択肢として全く浮かばなかったことが浮かぶようになって。今は美術を軸にした個人事業主として起業する準備を進めています。
「個人事業主になろうという考えが「降ってきた」感覚がありました。自分で1人でやるなんてありえないと思っていたのに」
退職後の変化——穏やかな自分と、話してくれる娘

— 新川:
退職してから、生活や家族との関係に変化はありましたか?
— さわさん:
穏やかに子どもと接することができるようになりました。前は疲れてしまって、うつろな表情をずっとしていたと思うんですよね。でも今はちょっと明るい表情で今まで見てあげられなかった娘のことをやってあげられる喜びを感じています。娘が色々話してくれるようになったのも嬉しくて。中学生って親とギクシャクする時期かなと思っていましたが、そこがすごく安定しているなと感じます。
「穏やかに子どもと接することができるようになった。娘がいろいろ話してくれるようになって、それがすごく嬉しいです」
悩んでいる先生へ
— 新川:
やめたいけどどうしようか迷っている先生たちへ、一言いただけますか?
— さわさん:
SSをやった方がいいと思います(笑)。でも本当に、続けるにしても続けないにしても、自分の今までのことを棚卸しして、自分のいいところも苦手なところも含めて見つめることはすごく大事だと思います。そこをちゃんとやってから次を考えられると、どちらの選択をしても自信を持って進めるんじゃないかなと思います。
「続けるにしても続けないにしても、自分の棚卸しをすることはすごく大事。そこをやってから次を考えると、自信を持って進めると思います」
編集後記
さわさんのインタビューで印象的だったのは、「個人事業主になろうという気持ちが降ってきた」という表現だ。転職サイトに登録して「どこかの会社に入るんだろうな」と思っていた人が、3月末に突然そのビジョンを得る。自分でも驚いたというその変化が、プログラムを通じて視野が広がった結果だということがよく伝わってきた。
「あるを見る」という言葉が自分の中に残っているというエピソードも印象的だった。忙しい時期に全部ダメだと思って自己否定に入っていたさわさんが、意外とやっていることもあるじゃんと気づいた瞬間が、静かに大きな転換点だったのだろう。
娘が話してくれるようになったというエピソードで、インタビューが締まった。穏やかな表情を取り戻したさわさんの変化が、家族の空気まで変えていた。美術を軸にした個人事業主という新しい道がどんな景色を見せてくれるのか、楽しみにしている。
取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
