キャリアについて「考えること」自体に価値がある|教員のための自己理解入門
この記事の著者
新川紗世(あらかわ・さよ)|Re-Career株式会社 代表取締役
元公立中学校英語教員(10年以上)。教員時代に病休を経験し退職。その後、教員専門のキャリア支援会社を設立。著書『「やめたいかも」と一度でも思ったら読む 教員の転職思考法』。スタッフ全員が元教員のプロフェッショナル集団として、延べ1000名以上のキャリア支援に携わる。
キャリアを考える=転職することではない

「キャリア」と聞くと、多くの人は「転職」や「昇進」などのポジティブな変化を連想します。しかし、本来のキャリア観はそうではありません。
キャリアとは、自分の人生全体の経験や経歴を指すものです。そして、「キャリアについて考える」ことは、「自分の人生について考える」ことと同じ意味なのです。
キャリアを考える=転職することではありません。今の職業を続けることを決める過程も、キャリアを考える営みです。別の仕事への転職を検討することも、その一部に過ぎません。重要なのは、「考える」というプロセスそのものなのです。

自己理解の3つの軸|Will・Can・Must
自分のキャリアを考えるには、自分を理解する必要があります。その際に参考になるのが、「Will」「Can」「Must」という3つの軸です。
Will|「やりたいこと」
Willは、「自分が心から やりたいと思うこと」「人生の中で大事にしたい価値観」です。
例えば:
- 「人間の成長に関わりたい」
- 「創造的な仕事をしたい」
- 「社会に貢献したい」
- 「家族と過ごす時間を大事にしたい」
- 「自由度の高い人生を送りたい」
Willは、一見すると抽象的に見えるかもしれません。しかし、「現在の仕事の中で、どの時間が充実していたか」「人生の中で、どんなときに幸福感を感じるか」という振り返りを通じて、より具体的に見えてくるのです。
Can|「できること」
Canは、「自分が持つスキル」「経験」「強み」です。
教員であれば、例えば:
- 「多数の人前でプレゼンテーションができる」
- 「複雑な内容を分かりやすく説明できる」
- 「人の話を聞き、ニーズを引き出すことができる」
- 「限られた時間の中で、多くのタスクを管理できる」
- 「新しい指導方法について、継続的に学べる」
こうしたCanは、あなたが「当たり前」と思っていることかもしれません。ただし、それが「市場価値」として、他者からどう評価されるかは別の問題です。自分が「できる」と思っていることを、客観的に認識することが大切です。
Must|「しなければいけないこと」
Mustは、「社会的責任」「制約条件」「外部からの期待」です。
教員のMustは:
- 「生徒の学びに責任を持つ」
- 「一定の給与があって生活の安定が必要」
- 「家族の期待や世間体への配慮」
- 「社会的ステータスの維持」
Mustは、一見すると「足かせ」に見えるかもしれません。しかし、これらの責任や制約の中で、いかに自分らしく生きるかを考えることが、現実的なキャリア設計につながるのです。
Will・Can・Mustの関係性
「Re-Careerのセッションで「転職しなくてもいいんですよ」と言われたとき、肩の荷が降りました。キャリアについて考えること自体が、自分を大切にする行為なんだと気づけた」
——Re-Career受講生・30代女性・元小学校教諭

3つの軸の最も理想的な関係は、3つが重なる「中心」の領域です。
- Will+Can=「得意で好きなこと」…これを極めることで、高い成果が生まれます。
- Can+Must=「責任を果たせること」…社会に認められ、評価される領域です。
- Will+Must=「志をもってしなければいけないこと」…社会的責任を意識しながら、自分の価値観を守ることができます。
- Will+Can+Must=「天職」…3つが完全に重なる状態は理想的ですが、現実にはなかなかありません。
大切なのは、「3つすべてを満たす職業」を求めることではなく、「自分にとってどの領域が最も大切か」を認識することです。
教員が陥りやすい「忙しくて考える暇がない」罠
忙しさに埋もれる危険性
多くの教員が陥りやすいのが、「日々の業務に追われて、自分のキャリアについて考える暇がない」という状態です。実際、朝から晩まで授業、採点、生徒指導、事務作業に追われていると、人生について考える時間は生まれません。
その結果、「気づくと15年が経っていた」「このままでいいのか分からないままここまで来た」という状態に陥ることになるのです。
短期的な対症療法の繰り返し
忙しさに埋もれていると、キャリアの決断も「短期的な解決」に偏りがちになります。
例えば、「今の疲弊感を解決する方法」として「転職」を考えることはあっても、「5年後、10年後の自分はどうなりたいのか」という長期的な視点は失われます。その結果、転職後も同じような苦しさを繰り返すことになる可能性があります。
5分でできるキャリア振り返りワーク
「キャリアについて考える」と言うと、時間がかかるものと思うかもしれません。しかし、簡単なワークを通じて、自分について新しい気づきを得ることはできます。
ワーク1|「充実していた瞬間の記憶」
教員として働いていた中で、「この時間は充実していた」「心が満たされていた」と感じた瞬間を、3つ思い出してみてください。
それは:
- 生徒の「分かった」という表情を見たとき?
- 授業準備がうまくいったとき?
- 同僚と協力して何かを成し遂げたとき?
- 新しい指導方法を試してみたとき?
その瞬間に共通する「価値観」が、あなたのWillの一部なのです。
ワーク2|「人から褒められたこと」
生徒、保護者、同僚から「あなたはこういう点がいいですね」と褒められたことを思い出してみてください。
その褒め言葉が、あなたのCanの表れなのです。自分では「当たり前」と思っていることが、実は他者から高く評価されていることがあります。
ワーク3|「今感じているストレスの根底にあるもの」
今、キャリアについて悩んでいるなら、その悩みの根底にあるのは何でしょうか。
例えば「給与に不満がある」という表面的な問題の背景には、「自分の価値が低く評価されている」という感情があるかもしれません。「人間関係が疲れる」という悩みの背景には、「自分の価値観が他者と異なっている」という気づきがあるかもしれません。
その深層にある「本当の問題」が、Will・Can・Mustのどの領域に関連しているか考えることで、自分に必要な「答え」が見えてくるのです。

キャリアを考え始めた人の変化事例
Aさんの場合
中学校の数学教員だったAさんは、勤続15年で、「このままでいいのか」という問いに直面しました。そこで、自分のWill・Can・Mustを書き出してみました。
その過程で、Aさんが気づいたのは、「自分はやりがいを感じているのは『教えること』ではなく『教材を作ること』だ」という事実でした。その気づきから、Aさんは「教育系企業で教材開発に携わる」という新しいキャリア像を描くことができました。
結果として、Aさんは実際に転職しました。ただし、その転職は、「逃げの転職」ではなく、「自分のWillに向かう転職」だったのです。
Bさんの場合
「結果的に教員を続ける選択をしました。でも、キャリアについて真剣に考えた時間のおかげで、今は「自分で選んだ道」として教壇に立てています」
——Re-Career受講生・40代男性・元中学校教諭
高等学校の英語教員だったBさんは、「転職を考えている」と相談に来ました。しかし、キャリア振り返りワークを通じて、Bさんが気づいたのは、「自分は教えることは好きで、生徒との関係も好きだが、『業務効率化』ができていないことがストレスになっている」という事実でした。
その気づきから、Bさんがしたのは「転職」ではなく、「今の学校の中での『働き方の見直し』」でした。分掌業務を減らしてもらい、定時退勤を意識的に進める。その結果、Bさんは教員を続けながらも、心に余裕が戻ったのです。
この2つの事例の違いは何でしょうか。それは、「自分を十分に理解した上での判断」か、「勢いや疲弊の中での決断」かの違いなのです。
「正解」がなくていいという安心感
キャリアについて考え始めると、「最適な選択肢は何か」「正解はどこにあるか」という問いに陥りがちです。しかし、実は、キャリアに「正解」はありません。
複数の選択肢があり、その中で「あなたの価値観に最も合った選択」があるだけです。その選択が「正解」となるのです。
そして、その後の人生の中で、環境が変わり、自分の価値観も変わります。今「正解」だと思う選択が、5年後も「正解」とは限りません。その時は、また新しく考え直すのです。
その「考え直す」営みの連続が、自分の人生を生きることなのです。
まず一歩を踏み出すために
今週、試してみること
この記事を読んで、「自分もキャリアについて考えてみたい」と思ったなら、以下の一歩から始めてみてください。
- 今日の帰り道…「今日の仕事の中で、どの時間が充実していたか」を思い出す。
- 明日…その充実していた瞬間に共通する「価値観」を、1つ書き出す。
- 今週中…Will・Can・Mustのワークを、5分程度で試してみる。
これらは簡単なステップですが、「自分について考える」という習慣を生み出します。その習慣が、やがて大きな気づきや決断につながるのです。
焦る必要はない
キャリアについて考えることは、「今すぐ答えを出す」必要はありません。むしろ、時間をかけて、自分と向き合う営みです。数年かけて、ゆっくりと自分のキャリアについて考える。その時間は、決して無駄ではなく、人生全体を豊かにするための投資なのです。
一人で考える必要もない
信頼できる人に話を聞いてもらう、キャリアカウンセラーに相談する、本を読む、セミナーに参加する…そうした方法を通じて、自分の考えを整理し、新しい視点を得ることができます。

キャリアを考えることは、生きることそのもの
最後に、もう一度強調したいのは、「キャリアについて考えることが、何か特別な営みではない」ということです。
人生の中で、「何をしたいのか」「どう生きたいのか」という問いに直面することは、誰にでもあります。教員という職業にいるからこそ、その問いが生じやすいのです。
その問いに向き合う過程を通じて、自分について理解が深まり、人生がより豊かになっていく。その営みそのものに価値があるのです。
筆者・新川紗世より
Re-Careerの原点は、まさにこの「考えることの価値」にあります。私たちは「転職させる会社」ではありません。「自分のキャリアについて、納得のいく答えを見つけるお手伝いをする会社」です。考えた結果、教員を続ける人も、転職する人も、どちらも尊い選択です。大切なのは、自分で考え、自分で選んだということ。その過程そのものに、計り知れない価値があるのです。
「Re-Careerのセッションで「転職しなくてもいいんですよ」と言われたとき、肩の荷が降りました。キャリアについて考えること自体が、自分を大切にする行為なんだと気づけた」
——Re-Career受講生・30代女性・元小学校教諭
「結果的に教員を続ける選択をしました。でも、キャリアについて真剣に考えた時間のおかげで、今は「自分で選んだ道」として教壇に立てています」
——Re-Career受講生・40代男性・元中学校教諭
「考えることをずっと後回しにしていました。「忙しいから」「今じゃないから」と。でも、考え始めたら、日々の仕事への向き合い方も変わったんです」
——Re-Career受講生・20代女性・元高校教諭
まとめ
キャリアを考える=転職することではなく、自分の人生を主体的に生きることです。Will・Can・Mustという3つの軸を通じて、自分を理解する。その理解の中で、「今のあなたにとって、最も大切な選択は何か」を考える。そのプロセスには、完璧な答えがなくていい。むしろ、「考え続ける」ことそのものが、キャリア、そして人生を豊かにするのです。時間をかけて、焦らず、信頼できる人に支えられながら、自分のキャリアについて考えていく。その営みを大事にしてください。