「向いていないかも」と思いながら11年——美術教員が、作り続けるための人生を選ぶまで

えりかさん(千葉県・36歳・現役中学校美術)
千葉県の中学校で美術を10年以上教えてきた えりかさん(36歳)。美術大学出身で、もともと「中学校の先生は好きじゃなかった」と言い切っていた彼女が、大学時代の出会いをきっかけに教員の道へ。採用試験に合格した時も「向いていないかも」と感じながら、それでも10年以上続けてきた。「作品を作り続けたい」という気持ちと、教員という仕事の間で揺れ続けた末に見えてきた、東京藝大大学院受験とアーティストとしての道。
まさかの教員——美大生が「中学の先生」になるまで
新川: 教員を目指したきっかけを教えてもらえますか?
えりかさん: 美術大学に入った時は、中学の先生になるなんて全く思っていなかったんです。むしろ中学校の先生が好きじゃなかったので、まさかなるとは思っていなかった(笑)。きっかけは大学の教授が非常勤講師をしていたこと、それとその教授が主催したワークショップで中学生と一緒に作品を作る機会があって、それが楽しかったこと。あと年齢的にもそろそろ落ち着こうかなという気持ちもあって、受けてみようかなと。
新川: 最初から正規採用だったわけではないですよね。
えりかさん: まず2年間講師をやったんですが、その時点で「人前に立つのってこんなに大変なんだ」「やっぱり向いていないかも」と思いました。でも中学生と話すのは楽しかったので。採用試験も「まあ受かるわけないか」という気持ちで受けたら、受かってしまって。
新川: 合格した時はどんな気持ちでしたか?
えりかさん: 正直、お金の心配がなくなったことと、社会的な立場が安定することは嬉しかったです。親も安心したみたいです。でも同時に「受かったのに嬉しくない」という感覚もあって、担任は向いていないかなとその時点でも思っていました。
「採用試験に受かったのに、嬉しくなかった。向いていないかもという気持ちは、10年以上ずっとありました」
10年以上続けられた理由と、気力の消耗

新川: 向いていないかもと思いながらも、10年以上続けてこられた理由は何だったと思いますか?
えりかさん: 美術部の活動として、夏休みや春休みに美術館に引率で連れて行けたり、校内で色々やらせてもらえたり。本採用じゃないとできない活動ができたことです。あと生徒と一緒に何かを作って、できた時の嬉しそうな顔を見る瞬間はやっぱり楽しかったので、苦しいと思いながらも続けてきました。
新川: しんどさが特に大きくなってきたのはいつ頃でしたか?
えりかさん: 前任校ですね。教員の仕事って1年のサイクルで動いているから、担任でも担任外でも結局大変で。時間的な消耗もそうですが、自分の価値観と合わない仕事をしていると気持ちの消耗が激しくなる、ということにだんだん気づいてきました。
新川: 作品を作る時間と気力が奪われていく感覚ですか?
えりかさん: そうです。時間はあるはずなのに、気持ちが向かなくなってしまう。本当は作り続けたいのに、それができない。やりがいを感じて教員をしているけど、そこにエネルギーを使いすぎると肝心の作品が作れない。その葛藤がずっとありました。
「時間はあるはずなのに、気持ちが向かなくなってしまう。経済的な安心感を手放せずに働きながら、作り続けることができない葛藤がずっとありました」
一生続けられないと分かっていた、その先を探して

新川: やめることを意識し始めたのはいつ頃ですか?
えりかさん: 採用試験に受かった時点で、一生続けられないとは思っていたんです。だからいつかは区切りをつけようと漠然と思っていて。今の学校に来る前の学校で、自己肯定感が持てない子たちに美術を通じてもっと違うアプローチができたらと思ったことがあって、学校から離れてみようという気持ちが明確になってきました。
新川: 情報収集はどんなことをしていましたか?
えりかさん: アート系の教室を開いている先生のところに教えてもらいに行ったり、就職サイトをちらほら見たり。あと工芸を体験しに行ったりもしました。でもやっぱり職人の世界も厳しいなと感じて。そんな時に紗世さんの本に出会いました。
新川: 本を手に取った時の印象はどうでしたか?
えりかさん: 教員向けの転職本ってなかなかないじゃないですか。それを探していた時にヒットして、もうすがる思いで読みました。「お金だけ見ていませんか」「自己理解していますか」という言葉が本当に刺さって、これだって思いました。
「教員向けの転職本がなかなかなかった時代に、紗世さんの本に出会った。「自己理解していますか」という言葉が刺さりました」
SSプログラムで変わったこと
新川: プログラムを受けてどんな変化がありましたか?
えりかさん: 受けていなかったら、グダグダ悩みながら文句を言いつつ年を取っていたと思います。コーチング自体が初めてで、最初は少し怪しいかなとも思ったんですが(笑)、全然そんなことなくて。自己理解していく中で「あ、こう思っていたんだ」という振り返りができて、過去ばかり見なくなりました。
新川: プログラムを通じて、方向性は見えてきましたか?
えりかさん: 具体的な職業はまだ決まっていないですが、こういう仕事をしたいという内容は見えてきました。あと残り1年はやりきろうという気持ちになれて、踏ん切りがつきました。それ以前はいつまでこれ続けるんだろうという感じだったので、全然違います。
興味に動かされた行動力
新川: プログラムの中でも、興味に沿って実際に動いている姿が印象的でした。
えりかさん: 気になったところには足を運んで、実際に感じてみるというのは大事だなと思っていて。想像だけじゃなくて、行ってみて「あ、こういう感じなんだ」と分かることってすごく大きくて。職人の世界も体験して厳しさを知れたし、行動することで見えることがあると思っています。
「想像だけじゃなく、実際に足を運んで感じる。行動することで初めて見えることがある」
これからの二本柱——東京藝大大学院と、作家活動
新川: これからのビジョンを聞かせてください。
えりかさん: まず東京藝大の大学院を受験して、美術教育研究室に入りたいと思っています。そこはワークショップなども活発にやっているので、自分もそこに携わりながら経験を積んでいきたい。そしてもう一本の柱として、作家・アーティストとしての活動をしていきたいです。自分の作品のクオリティを高めていって、将来的にはもっと大きな立場で仕事をしていけたらと思っています。
新川: 「作り続けるための人生」を選ぶ、という感じですね。
えりかさん: そうですね。今はとにかく時間とエネルギーが枯渇している状態なので、それを取り戻してから、ちゃんと作れる自分になっていきたいです。
悩んでいる先生へ
新川: 向いていないかもと思いながら我慢して続けている先生たちへ、一言いただけますか?
えりかさん: 教師の仕事をしていて、目の前の生徒と何かをしたり、成長をみたりするのは、やりがいがあることだと思います。
何より、この職業を経験したことで自分自身が多くのことを学ばせてもらいました。ただ、重すぎる責任と業務量では、制作の両立はできないと感じました。
SSプログラムは、いつも目の前の業務に追われている状態から、一歩距離を置いて、一度ゆっくり考えるきっかけをくれました。
教育は、今後も大切な職業だと思いますが、自分に合った関わり方を見つけていくのも大切だと思います。
こういった悩みは、身近な人に相談しにくいし、ましてや一緒に働いている同僚になんて相談できない。
でも、新川さんやSSプログラムの方は教員の経験もあるから、そういった悩みに寄り添いながら一緒に進めてくださいました。
それに、最終的には答えを出すのは自分です。ずっと一人で走り続けてばかりいては、見えてこない景色があります。
気になることがあれば実際に足を運んでみてほしい。想像の中だけで考えていると、どんどん不安が膨らむだけなので。行動して感じることで、次の一歩が見えてくると思います。
「気になることがあれば、実際に足を運んでみてほしい。行動して感じることで、次の一歩が見えてきます」
編集後記
えりかさんのインタビューで最も印象に残ったのは、「採用試験に受かったのに嬉しくなかった」という言葉だ。普通は合格を喜ぶはずのその瞬間に、すでに「向いていないかも」という感覚があったという。それでも11年間続けてきたのは、生徒と一緒に作品を作る喜びと、安定という現実的な必要性があったからだろう。
「時間はあるはずなのに、気持ちが向かなくなってしまう」——この言葉は、創作を生業にしたい人が別の仕事をしながら生きる時の、リアルな苦しさを表していると思う。消耗した気力は、作品を作る力と同じ源泉から来ている。
東京藝大大学院への挑戦とアーティストとしての活動という二本柱は、えりかさんが11年間かけてたどり着いた答えだ。「作り続けるための人生」を選んだ彼女のこれからが、とても楽しみだ。
取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
