教員の「辞めたいけど辞められない」を乗り越える|決断できない本当の理由
この記事の著者
新川紗世(あらかわ・さよ)|Re-Career株式会社 代表取締役
元公立中学校英語教員(10年以上)。教員時代に病休を経験し退職。その後、教員専門のキャリア支援会社を設立。著書『「やめたいかも」と一度でも思ったら読む 教員の転職思考法』。スタッフ全員が元教員のプロフェッショナル集団として、延べ1000名以上のキャリア支援に携わる。
「辞めたい」と「辞められない」のあいだで揺れ続ける

「もう教員は続けられない」と何度思ったか分からない。でも、結局やめることもできず、毎日同じ葛藤を繰り返している。そんな状態に陥っている教員は少なくありません。
この記事を読んでいるあなたも、もしかしたらそうではないでしょうか。朝目覚めたときの重い気持ち、授業の準備に追われながらふと浮かぶ「このままでいいのか」という問い。それでいながら、実際に退職を決断することはできない。その葛藤は、あなただけのものではなく、多くの教員が経験している、ごく自然な感情なのです。
ここで大切なのは、その葛藤を「弱さ」として押さえ込むのではなく、「それは何を教えてくれているのか」と問い直すことです。その葛藤の中に、あなたの人生にとって最も大切な選択のヒントが隠れているかもしれません。
「辞められない」背景にある心理的要因
責任感と罪悪感の重さ
教員という職業は、他の職業と比べて「責任感」が特に強く求められます。生徒の成長に関わる仕事だからこそ、「今、辞めたら生徒たちに迷惑がかかるのではないか」という不安が頭をもたげます。
特に担任をしている場合、学期途中での退職は「生徒を置き去りにしてしまう」という強い罪悪感につながりやすいものです。「3月まで待つべき」「現在の学年の修了まで」という義務感も、その罪悪感を強化します。さらに、同僚への罪悪感もあります。「自分が辞めたら、同僚に仕事が増える」「皆に迷惑をかける」という思いが、決断を先延ばしにさせるのです。
この責任感は、教員として大切な資質である反面、キャリアの決断を難しくさせる大きな要因になってしまいます。
経済的不安—「給与以外で生活できるのか」
教員の給与は、完全ではありませんが、一定の安定性があります。年功序列で昇給し、退職金も決まっています。一方、転職先の給与が同等かそれ以上である保証はありません。特に新しい業界に入る場合、給与が下がることもあります。
「教員の給与以外で生活できるのか」という不安は、多くの人が共通して感じるものです。教員という身分は、一定の給与と社会的ステータスを保障してくれます。その安定性を手放すことは、自分の人生を未知の領域に賭けることに感じられるのです。
また、家族がいる場合、その責任はより重くなります。「子どもの教育費」「住宅ローン」「親の介護」など、様々な経済的責任がある中で、給与の不確実性を引き受けることは、心理的に大きな負担になります。
周囲の目と社会的プレッシャー
「教員を辞めるなんて、わがままではないか」「安定した職を手放すなんて非常識だ」。そうした周囲からのプレッシャーや、家族の反対、同僚の目を気にしすぎることも、決断を遅らせる要因になります。特に親の世代では、「教員」「公務員」というステータスを極めて重視する傾向があります。
特に地域によっては、教員という職業がまだ「立派な職業」として見なされており、それを手放すことが社会的な評価の低下につながると感じる人も多いのです。「親に申し訳ない」「世間体が気になる」という思いが、自分の本当の気持ちを覆い隠してしまうのです。
「外の世界」への不確実性と恐怖
また、教育業界の外の世界がどのようになっているのか、具体的なイメージを持つのが難しいということも、この不安を増幅させます。「本当にそこで通用するのか」「人間関係は上手くいくのか」「仕事のやり方についていけるのか」—そうした不確実性が、心理的なブレーキになります。
サンクコスト効果の罠—「もう15年、投じてしまった」

「もう教員を15年続けてきた。今から別の職業に転職するなんて…」という思いに支配されていませんか?これは経済学や心理学で言う「サンクコスト効果」に陥っている状態かもしれません。
サンクコスト効果とは、すでに投じた時間や努力が「もったいない」という理由で、より大きな損失をもたらす決断をしてしまう心理現象です。例えば、つまらない映画を見ていても、チケット代が「もったいない」という理由で最後まで見てしまう—これがサンクコスト効果です。
教員人生においても、これまで費やした時間やエネルギーが「無駄にしたくない」という気持ちから、本当はやめたいのに続けてしまうということが起こるのです。
しかし、大切な視点があります。教員資格の取得、採用試験の勉強、15年の実務経験—これらは確かに大きな投資です。しかし、それは「過去」であり、変わることはできません。大切なのは、「これからの人生」です。今後の人生にはまだ20年、30年、さらにそれ以上の時間があるかもしれません。その長い人生全体を考えたとき、過去の15年にとらわれることが、本当に最良の選択肢なのでしょうか?
サンクコスト効果から抜け出すには、「過去は変わらない。私は未来のために決断する」という視点の転換が必要です。
「辞める」「続ける」「別の形」を整理して考える
選択肢を並べてみる
「子どものことを思うと辞められない。でも自分のことを思うと辞めたい。この板挟みが一番苦しかった」
——Re-Career受講生・30代女性・元小学校教諭
多くの人は「辞める」か「続ける」かの二項選択で考えがちですが、実は選択肢はそれだけではありません。むしろ、複数の選択肢の中から、自分に最適なものを選ぶプロセスこそが、「納得できる決断」につながるのです。
- 教員を完全に辞めて、全く別の業界に転職する—新しい分野で自分の可能性を試す
- 教員を続けながら、副業や趣味を充実させる—教員としての収入は維持しつつ、別の分野に時間を使う
- 学校の種類や地域を変えて、教員として働く環境を変える—異動希望を出す、転任を検討する
- 時短勤務や特別支援学級など、働き方を柔軟に変える—現在の職場内での働き方の工夫
- 教育関連の別の職種(教育委員会、教育系企業、教育コンサルティングなど)に転職する—教育業界は残すが、「教室」は離れる
- 育休、休職制度を活用して、一時的に教育現場から離れる—完全な退職ではなく、休止という選択
- 数年間を期限に決めて、その間は教員として力を尽くす—「3年後に判断する」という時間軸を設定する
「辞めたい」という感情の背景には、何か具体的な不満があるはずです。授業準備が大変なのか、人間関係に疲れているのか、生徒指導のストレスなのか、やりがいを感じられないのか。その根本的な原因によって、最適な選択肢は異なります。
決断のための思考フレームワーク—「辞めたい理由」と「辞められない理由」を書き出す
判断を迷わせている要因を整理するために、実際にペンと紙を用意して、以下のワークを試してみてください。
「辞めたい理由」を、できるだけ具体的に書き出す
- 毎日、何時間かかって授業準備をしていますか?その時間が辛いのですか?
- 人間関係では、具体的には誰とどのような葛藤がありますか?
- 生徒指導で、どのような場面が最もストレスですか?
- やりがいを感じられない場面は、どのようなときですか?
- この仕事をしていて、心身にどのような影響が出ていますか?
この問いに答える中で、「なんとなく疲れた」という漠然とした感覚が、より具体的な不満に変わります。その具体化こそが、問題解決の第一歩です。
「辞められない理由」も、同じく具体的に書き出す
- お金の面で、具体的に月額いくら必要ですか?
- 家族は、あなたの転職についてどう言っていますか?
- 生徒のことで、具体的にはどのような罪悪感を感じていますか?
- 社会的なステータスについて、誰の評価を気にしていますか?
この問いに答える中で、「本当に客観的な理由」と「実は主観的な不安」が見えてくるかもしれません。
その後、以下の問いを自分に投げかけてみてください
「5年後、自分はどうなっていたいのか」
この問いに浮かぶ理想の自分は、今の環境で実現可能でしょうか?それとも、環境を変える必要があるでしょうか?
「もし失敗してもいいなら、何がしたいか」
不安や失敗を度外視したとき、あなたが心から望むことは何でしょう。その気持ちに蓋をしていないか、冷静に考えてみましょう。
「現在の状況で、自分にできることは何か」
大きな決断をする前に、今いる環境の中で改善できることはないのか。その努力を尽くした上での決断は、より確実な選択になります。例えば、人間関係が問題なら「相談できる人を探す」「本を読んで自分の対応を変える」など、環境を変える前に自分で試せることがあるかもしれません。

「辞めたい」気持ちとの向き合い方
「辞めたい」という気持ちが湧く度に、それを押さえ込もうとするのではなく、まずはその感情を認めることが大切です。その感情は、あなたの心からの声であり、何か大事なメッセージを含んでいるのです。それは「今の環境が、自分に合っていない」というシグナルかもしれません。
「「辞めるのは無責任だ」とずっと思っていました。でもRe-Careerで「自分の人生を大切にすることは無責任ではない」と言われて、ようやく自分を許せました」
——Re-Career受講生・40代男性・元中学校教諭
「なぜ、今、この瞬間に『辞めたい』と思うのか」。そう問い直すことで、問題の本質が見えることもあります。単に「疲れているから」なのか、それとも「この仕事の方向性に迷いを感じているから」なのか。「特定の人との関係が悪いから」なのか、それとも「そもそも教育の仕事が向いていないから」なのか。その違いによって、とるべき行動は大きく変わります。
また、その「辞めたい気持ち」はいつ頃から始まったのか、そして時間とともにどう変化しているのかを観察することも大切です。「ずっと続いている気持ち」と「特定の時期に強くなる気持ち」では、その原因も、取るべき対応も異なります。
焦らないことの大切さ—十分な検討時間を持つ
決断を先延ばしにすることは、一見すると悪いことに見えるかもしれません。しかし、人生の大きな決断には、十分な検討時間が必要です。
完璧な判断材料が揃うのを待つ必要はありませんが、自分の気持ちが本当に何を求めているのか、十分に理解してから動くことは、その後の人生に大きな違いをもたらします。数ヶ月かけて、ゆっくりと自分と向き合う時間は、決して無駄ではなく、投資なのです。
実際に、転職を決める直前に「本当に辞めるべきなのか」と揺らぐ人も少なくありません。その揺らぎは、「決定が間違っている証拠」ではなく、「人生の大事な決断だからこそ、真摯に考えている証拠」なのです。
また、現在の心身の状態が疲労困憊していないか、確認することも大切です。疲労が強い状態での決断は、判断が歪む可能性があります。まず休息や心のケアを優先し、その後で改めて考え直すというアプローチも有効です。
相談できる環境を整える—専門家の力を借りる
一人で悶々と考え続けることは、心を疲れさせるだけです。信頼できる人に話を聞いてもらうことで、自分の考えが整理されることもあります。
それは親や友人かもしれませんし、同じ経験をした教員かもしれません。あるいは、キャリアカウンセラーや専門家に相談するのも良いでしょう。重要なのは、自分の気持ちを言語化して、他者の視点を取り入れることです。そのプロセスの中で、自分にとって本当に必要な選択肢が見えてくることがあります。
相談相手を選ぶ際の注意点としては、以下が挙げられます。
- 相談相手が「自分の人生経験」に基づいてアドバイスしていないか—「私もそうだった」という自分の経験を押し付けていないか
- 相談相手が、あなたの決断を尊重してくれるか—「辞めるべき」「続けるべき」と一方的に押し付けていないか
- 複数の視点から考える手助けをしてくれるか—新しい選択肢を提示してくれるか
もし、身近な人に相談しにくいなら、キャリアコンサルタントやカウンセラーといった第三者に相談することをお勧めします。

決断後の人生—「辞める」選択をした人たちの声
教員を辞めることを決断した人たちの多くが、「決断後は、心が軽くなった」と報告しています。それは「辞めたことが正解だったから」というよりも、「決断した」という行為そのものが、これまでの悶々とした状態を終わらせたからです。
また、転職後に「教員の仕事の価値をより理解できた」という人もいます。外の世界を見ることで、教育現場での経験の価値が見えてくるのです。
一方、「決断を先延ばしにしたことを後悔した」という人もいます。その人たちは、「もっと早く決断していれば、新しいキャリアを築く時間があったのに」と感じています。ただし、その後悔も「今から始める」という決断に変えることで、人生は前に進むのです。
筆者・新川紗世より
この「辞めたいけど辞められない」という気持ちは、Re-Careerに相談に来る方のほとんどが抱えています。私自身もそうでした。生徒のこと、同僚のこと、保護者のこと——いろんな人の顔が浮かんで、「自分だけ逃げるのか」という罪悪感に押しつぶされそうになる。でも、あなたの人生はあなたのものです。自分を大切にすることは、逃げでも裏切りでもありません。
「子どものことを思うと辞められない。でも自分のことを思うと辞めたい。この板挟みが一番苦しかった」
——Re-Career受講生・30代女性・元小学校教諭
「「辞めるのは無責任だ」とずっと思っていました。でもRe-Careerで「自分の人生を大切にすることは無責任ではない」と言われて、ようやく自分を許せました」
——Re-Career受講生・40代男性・元中学校教諭
「決断までに1年以上かかりました。でもその時間は無駄じゃなかった。十分に悩んだからこそ、今の選択に後悔がないんです」
——Re-Career受講生・30代男性・元高校教諭
まとめ
「辞めたいけど辞められない」という葛藤は、決して弱さではなく、教員としての責任感の表れでもあり、人生全体を考える誠実さの表れでもあります。その葛藤を抱えながらも、自分の気持ちと真摯に向き合い、複数の選択肢を検討し、焦らずに進める。その過程こそが、あなたのキャリアを考え直す、最も大切な時間なのです。完璧な答えを求めるのではなく、今のあなたが納得できる選択を、時間をかけて見つけていく。その営みを大事にしてください。そして、その過程で、信頼できる人や専門家に相談することは、あなたの人生に対する真摯さを示す、強い行動なのです。