「教員は潰しが効かない」と思っていた私が、22年後に気づいたこと

さおりさん(埼玉県・45歳・小学校教員22年・R7年度末退職)

埼玉県で22年間、小学校教員として働き続けてきた さおりさん(45歳)。小さい頃から「公務員になりなさい」と言い続けた母の言葉を胸に、教員という安定した道を歩んできた。でも育児・仕事・家事がすべて中途半端になっていく日々の中で、「これでいいのか」という問いが少しずつ膨らんでいった。「教員は潰しが効かない」「今更転職なんて無理」——そんな思い込みを抱えたまま、Amazonで一冊の本を検索したことが、すべての始まりだった。

小さい頃からの「すり込み」と、教員への道

新川: 
教員を目指したきっかけを教えていただけますか?

さおりさん: 
母親が、正社員でも結婚したら辞めなきゃいけないという時代を過ごしてきた人で、ずっと「手に職をつけなさい」「公務員がいいよ」と言われながら育ちました。経済的に厳しい家庭だったのに私立大学を卒業させてもらったこともあって、両親のために先生にならなきゃという気持ちもありました。小さい頃からのすり込みですね(笑)。

新川: 
自分の気持ちとしてはどうだったんですか?

さおりさん: 
教育実習に行ったらすごく楽しくて、先生はやっぱりいい仕事だなと自分でも感じました。だから最終的には、親の期待もあるし自分もいいなと思えたので、そのまま採用試験を受けて教員になりました。

「保育園の頃からのすり込みでした。でも実習に行って、先生って本当にいい仕事だなと自分でも思えたんです」

やりがいと、育休後に感じた「聞いてないよ」

— 新川: 
22年間で、この仕事を選んでよかったと感じた瞬間はどんな時でしたか?

さおりさん: 
担任をやっていた時が一番楽しかったです。子どもの成長を間近で見られること、「分からない」と言っていた子が「楽しい!」と言ってくれた瞬間、保護者の方に「安心してお任せできました」と感謝していただいた時などは、本当にやりがいを感じました。

新川: 
育休を経て復帰してからはいかがでしたか?

さおりさん: 
最初の子で2年半休んで復帰して、その後1年で音楽専科に変わって、次の子で3年休んで、また音楽専科で復帰という流れでした。忙しくなることは頭では分かっていたんですが、実際に体験してみて一番しんどかったのは、仕事も育児も家事も、全部が中途半端になってしまうことでした。

新川: 
全部が中途半端、というのはどういう感覚でしたか?

さおりさん: 
どれかが少しうまくいって、どれかは我慢、ならまだよかったんですけど、何もかも全部がうまくできない自分が嫌で、毎日達成感がない。「いつになったらできるんだろう」「ずっとこのままなんだろうか」っていう気持ちが続いて。聞いてないよ、って感じでしたね。走り続けるしかない毎日でした。

「仕事も育児も家事も、全部が中途半端。どれかだけ我慢ならよかったけど、何もかもうまくできない自分が嫌でした

「教員は潰しが効かない」という思い込みの壁

新川: 
教員以外の道を考えた時、どんな気持ちでしたか?

さおりさん: 
まず「教員は潰しが効かない」という先入観がすごく強くて。子どもを2人抱えて、他の分野に転職なんて無理に決まってるという思い込みがありました。あとやっぱり収入の不安ですね。毎月まとまったお金がもらえるのは公務員のいいところで、それを手放したらどうなるんだろうって。ずっと定職を見ていた感じがします。

新川: 
転職情報を調べてみたりはしましたか?

さおりさん: 
転職サイトを見ると塾や予備校ばかりで、でも小学校の先生は生活指導がメインだから塾とはちょっと違うし。事務も見てみたけど、自分にできるかどうかも分からない。なんかもう「だめだだめだ、ない」みたいな感じで、見てもしっくりこないまま終わっていました。

Amazonで本を検索した日

新川: 
SSを知ったのはどんなきっかけでしたか?

さおりさん: 
なぜかAmazonで「教員 転職」って検索したんですよ。転職サイトではなくて本を探したくなって。そこでさよさんの本がヒットしました。なんで本を探したのかはっきりは分からないんですが、誰かが書いたものを読みたかったのかもしれません。

新川: 
本を読んでみてどんな印象でしたか?

さおりさん: 
タイトルに「思考法」って入っていたので、最初はどういうことだろうと思いました。転職サイトに登録して求人を探す、みたいな流れしか想像していなかったので。中を読んだら自己理解をしていくという内容で、そういう本に出会ったことがなかったから、新しいなと思いました。

新川: 
実際にワークもやってみたんですね。

さおりさん: 
本に載っているワークは全部やりました。ただ、これで合ってるのかなとか、他の人はどんな回答をしているんだろうと気になってきて。一人でやっていると間違っているんじゃないかという不安もあって、それで調べてSSの無料セミナーに申し込みました。

「転職サイトでも求人誌でもなく、なぜかAmazonで本を探していました。その検索が、すべての始まりでした」

SSプログラムで気づいたこと

新川: 
プログラムを受けて、一番大きかった変化は何ですか?

さおりさん: 
人は意外と自分のことを分かっていないんだ、ということですね。それと、家庭環境や母の教えがいかに自分に強く影響しているかを、改めて深く認識しました。その中で自分が本当に大事にしたい価値観が明確になってきて、退職するかどうかの判断だけでなく、日常の細かな選択もしやすくなりました。

新川: 
受けていなかったら、今どうなっていたと思いますか?

さおりさん: 
「我慢するしかない」「耐えるべきだ」という、母から受け継いだ考え方に縛られたままだったと思います。その考えは決して間違いではないし、我慢すべきことも現実にはあります。でも母親だからと言って何でもかんでも我慢すべきじゃないし、自分を大切にできないままではイライラやモヤモヤが募り、家庭でも仕事でもいい状態ではなかったと思います。

「我慢するべきという考えに縛られたまま、イライラとモヤモヤが募るだけだったと思います。価値観が分かったことで、見える景色が変わりました」

これからのこと

新川: 
退職を決めてから、今はどんな気持ちで過ごされていますか?

さおりさん: 
収入の不安はもちろんあります。それは正直に受け止めています。でも我慢し続ける日々よりは、絶対にいいはずだと思えるようになりました。自分の価値観は家族や子どもとの時間が一番だということが揺るぎなく分かったので、これからの選択もその価値観に照らし合わせながら決めていきたいと思っています。

新川:
「安定」の形も変わってきた感じですか?

さおりさん: 
そうですね。安定ってお金だけじゃないんだということに気づきました。自分の価値観に合った安定の形を見つけていくことで、また違う見え方ができると思っています。

悩んでいる先生へ

新川: 
安定を手放すのが怖くて動けない先生たちへ、一言いただけますか?

— さおりさん: 
安定ってお金だけではないし、その形は人それぞれ違うと思うんです。自分にとっての安定がどういう形なのかを一度考えてみると、教員を辞めるかどうかに関わらず、人生の見え方が変わってくる気がします。怖くても、まず一歩踏み出してみてほしいです。

「安定はお金だけじゃない。自分に合った安定の形を見つけると、人生の見え方が変わります」

編集後記

さおりさんのインタビューで印象的だったのは、「小さい頃からのすり込み」という言葉だ。母親の言葉が、22年間ずっと背景にあった。それは愛情からきた言葉だったけれど、気づけばその枠の中でしか自分の可能性を見られなくなっていた。

「聞いてないよ」という感覚——仕事も育児も家事も全部中途半端になる日々を、笑いながら語ってくれたさおりさん。その軽さの裏に、どれほど長い間の蓄積があったかが伝わってきた。

「安定ってお金だけじゃない」という言葉は、22年間教員として真面目に生きてきた人だからこそ届く言葉だと思う。自分の価値観に気づいてから見える景色が変わった、というさおりさんのこれからが、心から楽しみだ。

取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)