ずっと「続けるしかない」と思っていた。自分の本音に気づくまでの14年間
Nanaさん (埼玉県・37歳・小学校教員14年・R7年度末退職)
埼玉県で14年間、小学校の教員として働いてきた Nanaさん さん(37歳)。実は教員になったのは、自分の強い意志からではなかった。母親に勧められ、流れに乗るように教育学科へ進み、気づけば教壇に立っていた。「ヨガやピラティスをやりたい」という気持ちはずっと心の中にあったのに、踏み出せないまま14年が過ぎた。病気休職、転職活動、そして復帰——何度も揺れながら、SSプログラムを経てようやく「自分で決めた」と言える道へ進んだ。その歩みを、インタビューで振り返ってもらった。
母の言葉で選んだ教員という道
— 新川:
教員を目指すようになったきっかけを教えてもらえますか?
— Nanaさん:
自分で教員になりたいと思った記憶は、正直なくて。高校卒業後に大学を受験するとき、母親に「先生がいいよ」とすごく言われたんです。安定しているし、男女平等だし、福利厚生もしっかりしているって。自分が行きたいと思っていた学校もいくつか受けたんですが、希望通りにならなくて。母が探してきた文学部の教育学科があるからどうかと言われて、そこに入ることになりました。
— 新川:
大学で学ぶうちに、気持ちは変わっていきましたか?
— Nanaさん:
勉強しているうちに興味が湧いてきたのもあるし、ずっと母から言われ続けていて、気づけば自分の気持ちにすり変わっていたところもあります。あと、自分は先生から好かれるタイプの生徒だったので、先生への印象も良くて。だんだんそっちに興味が向くようになりました。
— 新川:
実際に働き始めてみてどうでしたか?
— Nanaさん:
子どもと触れ合うのはすごく楽しくて、かわいいなという気持ちはありました。でも書類仕事とか会議とか、授業以外の業務がすごく大変で。最初から頭がパンパンになっていましたね。
「自分で教員になりたいと思った記憶は、正直ありませんでした。気づけば、母の言葉が自分の気持ちにすり変わっていたのかもしれません」
育休復帰後の壁と、ずっとあったモヤモヤ
— 新川:
育休を経て復帰されていますよね。復帰後はどんな状況でしたか?
— Nanaさん:
子どもを保育園に預けて復帰したんですが、担任でクラス持ちながらお迎えの時間もあって、仕事が終わらない。時短制度を使って後ろを1〜2時間短くしてもらって、3時に帰る予定だったんですが、実際にはほぼ定時までいる感じでした。お迎えの電話がかかってきて休みがちになって、休んだ日に限ってクラスで何かが起きたり……本当に毎日大変でした。
— 新川:
「やめたい」と思い始めたのはいつ頃でしたか?
— Nanaさん:
初任の頃から、ずっと思っていました。同じ学年の先生が夜10時ごろまで残って、一度家に夕飯を作りに帰ってまた戻ってくる、という働き方を見て、「私にはこんな働き方できない」と最初から感じていました。完璧にやりたいという気持ちが強かったので、できない自分へのモヤモヤもずっとありました。

病気休職、転職活動、そして復帰
— 新川:
30代に転職活動をしたと聞いています。
— Nanaさん:
大変すぎて病気でお休みをもらった時期があって、その間に転職活動をしました。本当にやりたかったのはヨガやピラティスの方向だったんですが、教員免許しか持っていないので、保育関係で探していました。でも内定をもらっても、教員と比べると年収が下がるし、モヤモヤが拭えなくて。結局「教員しかないかな」と思って復帰することにしました。
— 新川:
せっかく動いたのに戻る、という決断はなかなか難しかったのでは?
— Nanaさん:
そうなんです。本当はヨガやピラティスに行きたかったのに、自分に「教員しか進めない」と言い聞かせていたような感覚がありました。でもモヤモヤのまま転職しても、何か引っかかるものがあって。もう一度戻って、ちゃんと考えようと思いました。
— 新川:
復帰後はどんな形でしたか?
— Nanaさん:
10月に復帰して、特別支援学級の補助に入り、今年度からは特別支援学級の担任になりました。ただ復帰してみても、やっぱり前と働き方が変わっていないと感じて。そんな夏休みにInstagramでさよさんの投稿を見て、「すごく分かる!!」と思って個別相談を申し込みました。
「本当はヨガやピラティスに行きたかった。でも「教員免許しかない自分には無理だ」と、ずっと自分に言い聞かせていました」
SSプログラムで変わったこと
— 新川:
SSを受け始めた時、やめるという気持ちはありましたか?
— Nanaさん:
全然なかったです。続けるしかないと思っていて、夏休みで少し解放されたこともあって「夏休みはこんなに長く取れるし、まあ続けるか」くらいの気持ちでした。モヤモヤを整理したくて参加した感じです。
— 新川:
プログラムを受けて、何が変わりましたか?
— Nanaさん:
復帰前にセルフコーチング的なことを自分でやっていたこともあったんですが、一人だとどうしても踏み出せなかった。SSではコーチや仲間に話を聞いてもらったり、みんなの話を聞いたりする中で、自分の本当にやりたいことがはっきりと見えてきました。私の気持ちはずっとここにあったんだ、という感覚です。
— 新川:
新しい道に進む決断をした時の気持ちはどうでしたか?
— Nanaさん:
不安よりワクワクの方が大きいです。SSのワークを通じて気づいたことがあって、今まで母親の言葉に素直に従って動いてきたけど、自分で決めたことはうまくいく、自分でも納得できるということが分かったんです。今回の決断は自分でしたいと気づいて決めたものなので、不安というよりも「やってやるぞ」という気持ちが強いです。
「自分で決めたことはうまくいく。自分で納得できる。それに気づいたら、不安よりワクワクの方が大きくなりました」
上の子の小学校入学と、新しいスタート
— 新川:
退職のタイミングとして、今年度末を選んだ理由は?
— Nanaさん:
上の子が小学校に上がるタイミングというのも大きかったです。子どものライフステージの変わり目に、自分のキャリアも変えようと思いました。
— 新川:
これからはどのように過ごしていきたいですか?
— Nanaさん:
まずはヨガやピラティスのインストラクターとして働きながら、家族のサポートもしていきたいです。ゆくゆくは自分のスタジオやクラスを持てたらと、ぼんやりとですが思っています。
これからのこと
— 新川:
ヨガ・ピラティスのインストラクターとして、具体的に動き始めていますね。
— Nanaさん:
はい。インストラクターの会社に入って、まずそこで経験を積もうと思っています。将来的には自分のクラスを持つのが夢です。子どもの頃からずっとやりたかったことなので、ようやくここまで来られたという気持ちです。
悩んでいる先生へ
— 新川:
やりたいことはあるけど踏み出せない先生たちへ、ひとことお願いします。
— Nanaさん:
とりあえず何か一歩動いてみてほしいです。調べるだけでもいいし、ラジオを聴いてみるだけでもいい。動いてみると、自分では見えていなかったことや知らなかったことが分かってきます。最初の一歩がとんでもなく大きく見えるかもしれないけど、何かに触れてみるだけで全然違うと思います。
「調べるだけでもいい。何かに触れてみるだけでいい。動いてみると、自分では見えていなかったものが見えてきます」
編集後記
Nanaさんのインタビューで印象的だったのは、「母親」という存在がいかにキャリアに影響してきたか、という話だ。教員になったのも母の言葉から。転職を踏みとどまったのも「教員免許しかない自分には無理」という思い込みから。14年間のモヤモヤの根っこには、「自分で決めた」という感覚の薄さがあったのかもしれない。
だからこそ、「自分で決めたことはうまくいく」という気づきは、Nanaさんにとって単なる前向きな気持ちではなく、人生の核心に触れるような発見だったのだと思う。
ヨガ・ピラティスへの道は、ずっと心の中にあり続けた夢だ。上の子の小学校入学という節目と重なったこのタイミングで、ようやく自分の手でその扉を開けた。その清々しさが、インタビューを通じてとても伝わってきた。
取材・文:新川(Re-Career株式会社 代表取締役)
